第2話伯爵夫人のお気に入り1

「お母様はまたお出かけ?」


「はい」


「今日はどこへ?」


「歌劇を観に行かれると仰っていました」


「そう。彼女も一緒かしら?」


「はい、いつものようにご一緒されました」


「お母様にも困ったものだわ」


「お嬢様、旦那様は仕事で暫くアトリエから出られないそうです」


「そう……」


「如何なさいますか」


 伯爵家の執事は優秀だわ。

 この家の真の主が誰なのか心得ている。


「手紙を書くわ」


「どなたに、でしょう?」


「お祖父様によ」


 その言葉に、執事は深々と頭を下げた。


 近しい親族に送った手紙。

 領地にいる伯父本家当主は無理でも明日には祖父母が然るべき処置をしてくれるはず。


「それにしても、彼女にも困ったものだわ」


 公爵家の次男、現伯爵を夫に持つというのに、母はその境遇や家格から考えても、呆れるほど悪意に疎い。嫉妬や妬みの感情に鈍く、自分が人に嫌われているとは考えもしない。きっと思いつきもしないのでしょう。

 お母様はいいでしょう。お父様が守っているから。ですが、私は違います。


 この私、ユースティティア・プライド伯爵令嬢は、違うのです。


 公爵家直系の血筋。

 けれど身分は伯爵家の娘。


 この国は女子の爵位継承を認めていません。

 私が婿取りをするにせよ、嫁入りするにせよ、両親から放置されたも同然の娘に社交界は甘くない。



 私は現在、六歳。

 幼少期の社交デビューといえる「お茶会」に参加するには、いささか早い年頃といえる。

 それでもゼロではない。


 執事のフィデは、「今のところは招待状は届いていませんが、執事仲間の間では少々噂になっております。メイドの間でも噂が広がっているかと――――」と言っていた。

 

 彼の懸念はもっともだと思う。

 他家は伯爵家我が家の現状を把握しているはず。


 お母様のには、困ったものだわ。


 事の始まりは、四年前。

 私が二歳で大病を患い、生死の境を彷徨ったことが事の発端。

 好きで病になった訳ではないので防ぎようがない。

 今でこそ健康体だけれど、当時はベッドから出られない有り様だった。

 数年間の入院を余儀なくされてしまうほど。


 医師から説明を受けた両親はショックだったのだろう。

 特に若い母は。

 それでなくても、初めての子供。


『子供は女の子が良いわ』


『私とユーノスの子供ならきっと可愛いはずよ』


『ああ、早く生まれないかしら』


 我が子の誕生を待ち望んでいた母。

 その願いは直ぐに叶い、待望の女の子が生まれた。それが私、ユースティティア・プライド。


 母が焦がれた待望の子供。

 なのに、二年で病に倒れた。

 そのショックは計り知れない。

 愛娘を亡くしかけたのだ。母が悲しむ理由は分かる。

 だけど、娘の代わりを求める気持ちは全く分からない。

 丁度いい、と言うとアレだけれど、私の代わりは存在した。




 少女の名前は、エンビー・ラース。


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