第4話伯爵夫人のお気に入り3
「ユースティティア。彼女はラース騎士爵家の令嬢、エンビー嬢だ。我が伯爵家との血縁関係はない」
父は遠回しに「自分とは赤の他人なので伯爵家の養子になることはない」と言いたいのでしょう。肝心の母はそれに気付いていないけれど。いいえ。お母様のことです。お父様にオネダリすれば了承してくれると本気で思っているのかもしれません。
「もう!ユーノスったら意地悪なんだから!ジャスティお従兄様の娘は私の娘も同然よ!」
「エンビー嬢は今年十歳になる。ユースティティアより五歳年上だ」
「ユースティティアのお姉様になるのよ!だから“エンビーお姉様”と呼んだらどうかしら?これから一緒に暮らすんだもの」
「……エンビー嬢の母君は、三年前に子供を産んだんだが、あいにく死産だったらしくてな。臥せっていたのだが王家から生まれたばかりの王子の乳母にと打診がきたらしい。ラース副団長も最初は断ろうとしたようだが、奥方が是非にと強く希望したそうで、ラース副団長は最終的に折れたのだろう」
話しをまとめると、こうだ。
エンビー嬢は母と兄妹同然に仲の良かった従兄の娘。
両親の間に弟が生まれたけれど、死産し、ラース副団長夫人は鬱状態に陥っていた。
そんな中で、王子の乳母に抜擢され心機一転するため、夫人は王子の乳母になる道を選んだ。赤ん坊が「男の子」ということもあったのだろう。
王子の乳母になると王宮で暮らさなくてはならない。
仕事に忙しいラース副団長では子育ては無理だろうと、お母様が預かることにしたと。
「ご両親の許可はとってある」
「そうですか」
ラース副団長の身分は騎士爵。
一応、貴族だ。一代限りとはいえ、貴族は貴族。
曾祖父が男爵。
伯爵家で引き取れるギリギリの身分だ。
「ラース副団長にも可能な限り会わせている」
「エンビーちゃんと一緒に騎士団に遊びに行っているの」
「騎士団に定期的に差し入れを持って行っているんだよ」
「そうなんですか」
手ぶらで行っているわけではないと、補足して話すお父様。
これは間違いなく父が持っていくように促しているのでしょう。
引き取るといっても、名目上は「大病を患った娘にショックを受けている伯爵夫人を慰めるため」。
実の娘が病を克服し、屋敷に戻ってきたのです。
彼女を親元に帰すのでしょうか。
お母様は戻す気はなさそうですが。
嫌な予感ほどよく当たると申します。
いえ、この場合、父が母を甘やかし過ぎているのでしょう。
私が戻って来てからも母のお気に入りの娘を伯爵家に居候させているのです。
お母様は従兄の娘を、まるで自分の娘のように可愛がっている。
今までは「病に伏した娘の代わりに可愛がることで夫人の日々の慰めになっている」と言うことで、一定の理解を示されてきました。
けれど、これからは違う。
実の娘がいながら他人を可愛がる。
それを世間が許すはずがありません。
「エンビー嬢の将来を見据えて、ユースティティアの話し相手となれれば良いと考えているんだよ」
お父様はそう仰った。
けれど、私は知っている。
エンビー嬢の将来など、本当のところ、どうでもいいのだと。
父にとって大事なのは飽く迄も母なのです。
母の気持ちこそが一番大事なのだから……。
私はこう答えるしかない。
「はい、お父様」
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