もふもふの中、たくさんお喋りしました

 もうそこからは、なし崩しだ。

 皆で食堂に移動して、エドアルド王子のカーナ神国の最難関ダンジョン踏破のお祝いパーティーである。


 マリオンは宴席でエドアルド王子の隣に座らされて、あれこれ嬉しそうな王子に料理を口に運ばれて辟易とした。


 本人は顔をゆるんゆるんに蕩かせて、マリオンの眼鏡を外した可憐な顔を眺めては、「あーん?」と切り分けてフォークに刺したサーモンパイを差し出してくる。


 ルシウスやヨシュアの故郷の郷土料理だ。今回はガブリエラも手伝ったそうだが、ジューシーな鮭の切り身を入れて焼き、赤ワインソースで食すこのサーモンパイは大変味の良い料理だ。

 せっかくなら味わって食べたいものだが。


「エド、自分で食べられるよ」

「俺が食べさせてあげたいの!」


 無言で違う席に移ろうとすると、腰を上げる前に腕を掴まれた。


「逃げるならリボンで俺の手と繋げちゃうから」

「……逃げないもん」


 仕方ないから親鳥に餌を貰う雛鳥のように、最初から最後まで、前菜からデザートまでエドアルド王子に食べさせられてしまった。


 周りの目の生温かいことといったら。


「やべえ。うちの王子がちょっとヤバい。わかっちゃいたけど執着系」

「食べさせ合いっこのバカップルまでは遠そうですねえ……」

「外でデートしてもああなのかしら。マリオン、ご愁傷様」

「ピューイッピー」(マリオンおかお真っ赤っか。おさけのんだ?)

「マリオン君、早まったなあって顔してるね……」


 散々言われてしまった。人のことだと思って遠慮ないにも程がある。




 そのまま食後はお茶や、大人たちはお酒を飲むためサロンに移動になったのだが、マリオンとエドアルド王子は断った。


「なら客室に運ばせよう」


 とルシウスに言われ、メイドに案内された先はマリオンが宿泊していたシングルの客室ではなく、ツインの部屋だった。


「ははっ、ルシウスおじちゃん、わかってる!」

「おじちゃん、余計な気を回してー!」

「ピュイッ」(ルシウスさまは気遣いのひと!)


 などと二人と1匹が騒いでいるうちに、メイドが暖炉に火を入れてテーブルとソファを設置し、お茶の用意を整えてくれた。

 もう3月だが夜はまだ冷えるのだ。


 しばらく、お茶を飲んだりお菓子を摘んだりしていたが。


「あの。マリオン、そっち行ってもいいかな?」

「来られても一人掛けの椅子だから座るとこないよ?」

「えと、えと、抱き締めてもいいですか!」

「!」

「いいですよね!?」

「ま、待って、待ってー!」


「ギャオーン!」(ええい、まどろっこしいー!)


 マリオンの膝でもふられながら、ふたりのぽつ、ぽつとした話を聞いていたルミナスが、ボフッと大型化した。

 さささっと、羽毛でもふもふの前脚で器用にテーブルと椅子を部屋の脇に寄せてから、呆気に取られているマリオンとエドアルド王子をまとめて胸の中に抱き込んだ。


 ふわふわ、もふもふの羽毛の中に埋もれて、しばらくふたりはジタバタともがいていたが、やがて大人しくなった頃にルミナスは前脚の拘束を解いてやった。

 するとそこは即席ながら極上の、人を駄目にする寝転べるもふもふソファの出来上がりだ。


「ピュイッピューアッ」(ちゃんとお話をしてください。なかよくして!)

「「はあい」」


 子守りドラゴンにお説教されて、揃って良い子のお返事を返してしまった。




「あのね、マリオン。俺、ほんとにマリオンが大好きだからね?」

「……うん」

「研究学園のこともごめんなさい。まさか俺からの手紙も何も届いてなかったとは思ってなくて」

「うん」

「マリオンの邪魔をした奴らのことは国王ちちうえ王太子あにうえが処してくれると思う」

「うん」

「……やっぱりもう研究学園には戻ってくれないよね?」


 駄目元で聞いてみたら、もふもふの間から手が伸びてきて、王子の頬に指先が触れてきた。

 と思ったら、むにっと頬を摘まれた。


「さすがにね。僕が戻りたいって言っても、じいちゃんや本国の王家が許してくれないよ」


 幼馴染みでもある王女様は、マリオンがタイアド王国で受けた仕打ちを知って激おこだそうだ。

 笑ってマリオンを見送ってくれた友人たちも似たり寄ったり。


『潰す? マジでタイアド王国潰す?』


 と気合が入っているものも若干いた。


「マリオン先生の授業、受けてみたかったのになあ。……本当にごめんなさい」

「もう謝らなくてもいいよ。お詫びの品も貰ったしね」


 ミスラル銀1キロとオリハルコン100グラム。換金したら庶民が何回人生を繰り返しても使いきれないぐらいの希少金属だった。


「やっぱりもう故郷くにに帰っちゃう?」

「……うん。元々自宅近くに工房持ってるしね。何もなかったとしても最長3年ぐらいで帰還する予定だったよ」

「そっかあ」


 ルミナスのもふもふ羽毛の合間を縫って、エドアルド王子からも手を伸ばした。

 やはりもふもふに埋もれていたマリオンの手を発見して握り締める。


 子供の頃に繋いだときのような、柔らかく小さな手ではなかった。

 魔導具師の、工具や魔石、金属加工などを行う皮の硬くなった指と手のひらだ。


 エドアルド王子も同じで、こちらは剣ダコのある節くれだった男の手だ。


「そ、それで。マリオン、俺とお付き合い……」

「待った!」

「むぐっ」


 互いに好きとは言い合ったが交際宣言などはしていなかった。

 だがマリオンはその先を言わせなかった。


「エド、僕はずっと考えてたんだ。僕は、前世の僕たちに蹴りがつけられるまで、お付き合いはしません!」

「えっ、どういうこと!?」


 寝耳に水の発言に、握ったままの手に思わず力を込めてしまった。

 これはもう二度とこの手を離せないかもしれない。


「そんな難しいことじゃないよ。……前世の……グレンとライル先輩のお墓参りに行って気持ちを整理したいんだ」

「そしたら俺と付き合ってくれる!?」


 恐る恐る確認されて、マリオンは思わず笑ってしまった。


「エドに再会できる日が楽しみすぎて、誰に言い寄られても断り続けた僕にそんなこと言う?」

「!?」


 それからはもう、ずーっとルミナスのふわふわ羽毛の胸の中で、ちゅっちゅっとリップ音が鳴りっぱなしだった。


「ピュアーン、ピュイッ」(熱いなーお熱いですねーでも交尾まではゆるしませんよーマリオンはまだこどもだからね)


 ルミナスの呆れた鳴き声も耳に入っていないようだ。


 お喋りして、キスして、内緒話するように笑い合って。

 マリオンとエドアルド王子は、そうして10年以上会っていなかったのが嘘のように一気に距離を詰めたのだった。



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