マリオンはもう知らんぷりできなかった

「うう……グレン、グレン……ぜっ……てえ逃さねえから……」

「エド。エド、起きて!」

「あれ? ……マリオン!」


 目を覚ましたエドアルド王子だったが、身体が動かない。

 ハッとなって辺りを見回そうとしたが、頭から爪先まで全身が何か柔らかく白いものに包まれている。


 もふっ


 王子の身体を包んでいるものは真っ白で密な羽毛だった。


「ピュアン?」(エドくん、おきた?)

「ルミナス!?」


 大型化した綿毛竜コットンドラゴンのルミナスの両前脚でホールドされて、ふわふわもふもふの胸毛の中にうつ伏せで沈み込んでいた。


「エド、もうちょっとそのままで。ルシウスおじちゃんの聖剣と戦ったダメージをルミナスが癒してくれてるからね」

「ピューイッ」(そのとおり!)


 魔力の高い綿毛竜コットンドラゴンには個体ごとに得意な魔法がある。

 ルミナスはその名前の通り光魔法が得意で、雷系の魔法の他に癒やし効果のある魔法が使えた。


「うなされてたよ。悪い夢でも見てたの?」


 ぽんぽん、とルミナスの胸毛に埋もれたままの背中を叩かれた。


「夢っていうか……グレンが逃げるから、それで、俺は」

「前世の夢を見てたんだね。……エドはさ、僕のことっていうより、僕の前世の人が好きなんだと思うよ」


 言葉にすると、ああそういうことだったのかとマリオンは自分でも納得した。


(だって初めて会ったときも、手紙でも、前世の話ばっかり。僕を通して僕じゃない人を見てた)


「ち、違うよマリオン! 俺が好きなのは!」

「グレンでしょ?」

「グレンはマリオンなんだ!」

「……僕はあんまり前世の自分のことは覚えてないんだ。だからグレンのことも他人感覚なんだよね」

「マリオン、違う、俺はマリオンが好き!」

「でも前世ありきなんでしょ? そうでなきゃ大国の王子の君が、一男爵令息でしかない僕を好きだなんて、おかしいよ」

「マリオンー!」


 いったい、何をどうしたらマリオンに伝わるのだろう。

 頭を抱えてしまったエドアルド王子に、側に控えていた側近の騎士たちは呆れていた。


「王子ぃ。だから言ったじゃないですか、ちゃんと文学や巧みな表現レトリックの勉強しなさいって」

「ただ『好き好き』って押すだけじゃ、案外気持ちって伝わらないですよねー」


 これ以上話していても埒があかない。

 溜め息をついて、マリオンが王子を解放したルミナスと一緒に部屋を出て行こうとしたところで、室内に入ってきた人物がいた。


「む? 何だか空気が悪いな?」

「そろそろ、ごはんができるわよーう」


 ハイヒューマンのダンジョンボス、ルシウスと、姉妹の妹のハスミンだ。

 姉のガブリエラが厨房を借りて食事の準備をしてくれているらしい。


(い、今のうちに)


 皆の視線がルシウスとハスミンに向いているうちに、そそくさと部屋を出て行こうとしたマリオンだったが。


 がしっ


 思いっきり左腕を掴まれた。

 恐る恐る見ると、エドアルド王子がエメラルドの瞳に今にもこぼれそうなほど涙を湛えて、マリオンを睨みつけていた。


「エド」

「マリオン。もういやだ、絶対逃がさないから。追いかけっこも、もうやりたくない!」

「エド、離して」

「離さない!」

「エド……」


 困ってマリオンが室内を見渡すと、王子の側近たち三名は「うちの王子が申し訳ないですー」な眉を八の字に下げた顔で頭を下げてきた。


 ハスミンは何だか面白そうな顔ではしゃいでいるし、ルシウスは腕組みして静観ポーズだ。


「ルミナス、エドに、」

「ピャー!」(ぼくは空気をよみます!)


 攻撃を、と言う前にルミナスはいつもの仔犬サイズに小型化してルシウスへと飛んでいってしまった。逃げられた!




「マリオン。離して欲しかったら俺が嫌いだって言って」

「……え?」


 ものすごい必死な顔で言われた。


「俺が嫌いなら、この手はすぐ離す。でもね、でも、ちょっとでも俺が好きだって思ってくれてるなら、好きって言ってくれたら、やっぱりちゃんと離すよ」

「ど、どういうこと……?」


 好きでも嫌いでも掴んだ手は離してくれるらしい。


(何だろ、目が霞んできた)


 掴まれてる場所にオレンジ色のモヤが見えた。

 何だかお菓子に使う爽やかなスパイスの香りもしている。ガブリエラが食後のデザートでも焼いてくれているのだろうか。


 他の人たちの視線が自分に集中しているのがわかる。

 恥ずかしい。逃げたい。


(でも好きと言うのも嫌いと言うのも……)


「マリオン」


 祈るように名前を呼ばれて、ついに観念した。

 俯いて、虫が鳴くようなか細い声で、マリオンは言った。


「……エド、だいすき」


 健康的な色白の肌を真っ赤っかに変色させて、ついに言ってしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る