マリオンからエド君へ
食事のときからずーっとはしゃいでいたエドアルド王子は、マリオンと話している間に寝落ちしてしまった。
ぷーぷーいびきが聞こえ始めたことで、そういえば今日の彼はあのハイヒューマンのおじちゃんの過酷な試練を受けた後だったことを思い出す。
「ルミナス、エドをベッドに寝かせてあげてくれる?」
「ピュイッ」(はーい!)
大型化したままのルミナスにエドアルド王子を抱えてもらい、ベッドに寝かせてきっちり上掛けをかけてやった。
シャワーを浴びるのは明日の朝でも良いだろう。
屋敷に戻ってきた時点でルシウスが
マリオンは王子の頬に指を滑らせ軽く撫でてから、仔犬サイズに戻ったルミナスを小脇に抱えて部屋を出た。
エドアルド王子を振り向いたが起きる様子はなかった。
「マリオン? どうした、もう休んだのではなかったか?」
屋敷の主、ルシウスの私室に行くとまだ彼も起きていて、甥っ子のヨシュアと寝酒を楽しんでいた。
「あのね。おじちゃんにお願いがあって」
「お願い? 何でも良いぞ。何でも言ってごらん」
ウイスキーのグラスを片手にヨシュアも頷いている。
マリオンは前世のグレンとは髪の色以外は容姿がほとんど同じだ。可憐な美少女顔の美少年である。
グレンの妹の子孫だけあって、受け継いだ血筋にも共通する因子が多い。
思考や行動パターンもよく似ていた。
だから前世のグレンのように、自分を取り巻く諸々の負担から目を背けて逃げる傾向が出やすかったのだが。
(また色恋沙汰に巻き込まれては敵わんからな。少なくとも私相手には遠慮しないよう、幼い頃から教え込んである)
「明日、ルミナスとタイアド王国に戻ってじいちゃんと合流してからアケロニア王国に帰ります。でもその前に……」
マリオンはいくつかのお願いをした。
ルシウスと甥のヨシュアは顔を見合わせた後、ルシウスは親指を立てて、ヨシュアは親指と人差し指で丸を作って了解した。
「いいねえ。オレも久々に剣を使おうかな」
ヨシュアなど、叔父と同じ麗しの美貌でにっこり笑ってくれたので、マリオンは安心して客室に戻ってエドアルド王子の隣のベッドで朝までぐっすり眠ったのだった。
翌朝はバタートーストと目玉焼き、チキンスープの簡単な朝食だったが、家主ルシウスが用意してくれただけあって大変美味だった。
ちょっとだけ塩を振られたこんがり焼かれたバタートーストがあまりにも美味しくて、マリオンもついお代わりしてしまったほど。
エドアルド王子は半熟の目玉焼きをトーストに乗せて4枚は食べていた。さすが若き剣士、健啖家だ。
「そろそろ僕、帰るね。一度タイアド王国に戻ってじいちゃんと合流する」
その朝食の席で食後のお茶を飲みながらマリオンはそう言った。
「マリオン、なら俺も一緒に」
そこで伏兵の登場だ。
「おっと。エドアルド王子、お前は駄目だ」
「剣聖に覚醒したからそれで終わりじゃないよ。ちゃんと修行しないとね」
最難関トリプルSダンジョンのラスボス様と中ボス様、ふたりに左右から肩を抱かれてしまった。
トラップ発動だ。
「エド、安心して」
「ええ。あたしたちも残って修行に付き合ってあげる」
ガブリエラ、ハスミンの姉妹もやる気満々だ。
「ま、マリオン! マリオンー!」
助けて、と仔犬が今にも捨てられそうな必死な顔で訴えられて、マリオンは食堂まで持ってきていた自分の荷物の中から鞘入りの剣を取り出した。
「エド、見て。柄と鞘は既製品だからタイアドに戻ったら自分の好きなやつを作り直すといいよ」
無骨な焦茶の皮革の鞘は間に合わせだ。
そのまま両肩をがっしり押さえられているエドアルド王子の目の前で、マリオンは剣をそーっと引き抜いた。
出てきたのは白木の柄に嵌められた、両手剣のロングソードだった。
根元が一番太く、先端に行くほど細くなった、ふつうにどこにでもあるタイプの型だ。
ただ、よくある鋼色より全体的に白っぽく、部位によっては薄い金色になっている。
「エドから貰ったミスラル銀とオリハルコンを鋼に混ぜた合金だよ」
「な、何か刃の部分が透明だけど……?」
「おじちゃんに頼んで魔法樹脂を組み込んで貰ったんだ。魔力を流すと光るよ」
マリオンも魔導具師なのでそこそこの魔力を持っている。家名の通りマリオンのブルーの魔力を通すと、刀身の刃だけが青く染まる。
魔力を止めるとすぐまた元の色に戻った。
「それで、これ」
マリオンはポケットから小指の先ほどの白く発光した透明な小石を取り出した。
「それ、まさかアダマンタイト!?」
「そう。おじちゃんにおねだりして分けてもらったやつ」
この世界でアダマンタイトはダイヤモンドの上位鉱物だ。究極の浄化作用を持つと言われている。
「まあダンジョンの中にはその辺に転がってるものなんだが」
とおねだりされたルシウスが呟いている。
「その辺に転がってるから、冒険者たちが勝手に持って行こうとして困るんだよね」
だから中ボスのヨシュアが挑戦者の力量を試して、資格なしと判断したら盗掘したアダマンタイトの欠片ごと身包み剥いで、お外にぽいなのだ。
なお中ボス様が認めた場合に限り、ラスボス様の試練に進むことができる。
見事試練に打ち勝つと、相手に必要な量だけご褒美の武具やアイテムに組み込んで、授けてもらえるシステムだ。
「これは錬金剣といってね。希少素材でしか作れないけど、エドのお陰で必要素材が全部揃ったから」
マリオンの手の中でアダマンタイトが光の粒子に変わり、両手剣の透明な魔法樹脂の刃の中に吸い込まれていった。
キラキラと光を乱反射した綺麗な光景が、食堂にいた者たち全員の視線を奪う。
魔導具スキルの上位スキル、錬金スキルによる加工だ。
「エドが剣士になったって聞いたときから構想してたんだ。最近になって剣聖に目覚め始めたって知って、ようやく完成かな」
すべてのアダマンタイトを吸収し終えた錬金剣を、エドアルド王子に差し出した。
左右から掴まれていた腕がいつの間にか離れている。
「えっ、軽っ、すごい軽いよこれ!?」
「エドにしか持てないよう設定したからね。他人が持つと死ぬほど重くて振れないようになってる」
ほんと? と王子は試しに隣にいたハイヒューマンのおじちゃんに渡してみた。
受け取ったルシウスは、そのあまりの重さに思わず剣を取り落としそうになって、慌てて持ち主に返していた。
「エド。この剣は聖なる魔力を通し続けていくと聖剣になるよ。使いこなして」
「そうだな。まだ剣聖に覚醒したてで己の力も把握していないだろう。しばらく我らの元で修行するように」
がーん、とエドアルド王子は衝撃を受けた。
マリオンは、いやマリオンたちは最初からこのつもりたったのだ。
「もうこの後はずっと一緒だって思ってたのにー!」
いっそ王子の身分なんて捨てて追いかけてやる、と思った思考を読まれたかのように、即座にマリオンが釘を刺してきた。
「聖なる魔力持ちなら、その人生にはやるべき使命があるはずだよ。僕と仲良くすることだけじゃない」
「マリオン、俺は!」
「僕は実家の工房にいるからさ。いつでも来ればいいじゃん」
そういう心得ごと学ぶには、ハイヒューマンの聖剣の聖者でもあるおじちゃんは最高の師匠だ。
「錬金スキル、か。古の
マリオンがルミナスの背に乗ってタイアド王国方面に去り、エドアルド王子が良い笑顔のルシウスとヨシュアに引き摺られて悲鳴を上げながら修行場の地下ダンジョンに連行されていった後。
姉妹はお茶を入れ直して、まったりしていた。
「『意図さえあれば如何なる属性付与も自由自在』とはね」
「各分野の専門家と組ませれば無双できるわよね。どんなプログラミングも理論上可能なんて、錬金術師だけだもの」
あるいは今では人々の前から姿を消してしまった神人と呼ばれる、世界の創造主の代理人たちでもなければ不可能なことだ。
「マリオンはもう故郷に戻ったら外に出られないわね。一度でいいからタイアド王国に行きたいって、ダリオンと喧嘩してまで飛び出てきたその一回があれだもの」
希少スキル持ちは大抵国が保護している。
身の安全は保障されるが、代わりに行動の自由は制限される。
「じゃあマリオン君とエド君は遠距離恋愛?」
まだまだ若いのに、何とも気の毒なことだった。
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