side 王子~魔王様、骨は残してください!
季節は冬を通り過ぎて、ついに3月に入ってしまった。まだ肌寒いが春だ。
タイムリミットはマリオンの誕生日のある中旬だが、いい加減、本国から帰って来いと父親の国王から手紙が来てしまった。
「父上……エドは男を見せるまで帰れぬのですう……っ」
数日あるいは一週間に一回ほどの頻度で宿に戻ったとき、側近たちから渡された手紙を読んでエドアルド王子は泣いた。
手紙は父親だけでなく兄の王太子からのものも、なぜか王妃からのものまであった。
ここで戻ってしまったら多分自分は二度とマリオンに会えない気がした。
トリプルエスダンジョンの踏破は少しずつ進んでいる。
魔物と遭遇しても怪我をすることも減ってきたし、あとは指定された最奥を目指すだけだった。
「あともうちょっとで冒険者ランクもS……ダンジョンボスがなんぼのもんだー!」
ソロ探索は寂しい。
つい独り言が増えて、必死で自分を慰めていると、耳に低い男の美声が飛び込んできた。
「ほう? タイアドの王子は随分と勇ましいではないか」
「ひえっ!?」
ピギャッと情けない悲鳴を出しそうになって、慌てて口を塞いだ。
恐る恐る声のした後ろを振り向くと、そこには透明な水晶の壁を背にして、玉座の如く豪奢な椅子に腰掛けた、白い軍装の男がいた。
男は年齢は三十代後半ほどだろうか。
青みがかった艶やかな銀髪の、いわゆるハンサムショート、イケメンだけに許された髪型の美丈夫だった。
世の女性の大半、ひょっとしたら男でもうっとり見惚れてしまうような麗しい男前だったが、生憎エドアルド王子はマリオン一筋なので心が動くことはまったくなかった。
自分が好きなのは綺麗なおじさんではなく、可憐で可愛いマリオンなので!
「えっ、もう最奥?」
「その通り。待ちくたびれたぞ」
欠伸を噛み殺して目尻に涙が浮かんでいる様まで麗しいのだから、イケオジはお得だ。
「っていうかルシウスおじちゃんじゃん!?」
幼い頃、王子がマリオンの実家を訪ねたとき彼もちょうど同じ家に滞在していた人物だ。
両親を亡くして笑顔をなくし落ち込んでいたマリオンに、
普段はここカーナ神国を拠点としているが、たまに、ふらっと世界中を回っては各地の王家や首脳たちに顔を見せて助言していくハイヒューマンの聖者様だ。
タイアド王国にも数年に一度やってきて、エドアルド王子は兄の王太子と一緒に剣の手解きを受けたことがある。
……死ぬほど過酷な修行でまだ少年だった兄弟は連日吐きそうになったが、修行の終わりに飲ませてくれたスポーツドリンクのような体力ポーションがものすごく美味かったことを覚えている。
「よく来たな、エドアルド王子。ダリオンから話は聞いている」
「ぐ、グルかよ! 嵌められたー!!!」
この最難関ダンジョンのボスは魔王だと聞いていた。
ダリオンからの試練は『最奥まで行って戻ってくること』だけだったが、いつ魔王に
しかも魔王などと呼ばれているのに聖剣を持ってるとか意味がわからない!
「さあ、我が聖剣の審判を受けるか? 若き剣聖よ」
ニヤッと笑って、聖剣の聖者が手の中に魔力で両刃の透明な剣を創り出した。
魔法樹脂という、今では使い手の少ない古代魔法である。
透明な剣にネオンブルーに光る魔力が充填されていき、やがて刀身から柄まで全体が眩い白光に輝いた。
ハッとなって王子は自分の剣を抜いて男に向けて構えた。
王子の全身からもネオンカラーのオレンジの光が立ち上り揺らめきだす。
光るネオンカラーの魔力は、聖なる魔力を持つ者たちに特有の特徴だ。
そして聖なる魔力持ちは、魔力が聖なる芳香を帯びる。
聖者ルシウスからは松葉や松脂など樹脂香の混ざった重厚な香り。
エドアルド王子はカルダモンに似た、爽やかさと高貴さが重なったかのような香りだった。
ちなみにカルダモンは
(強いのは知ってた。いまこの世界で一番強い生物認定されてることも。酷いよダリオンじいちゃん。こんな格の違う人にぶつかってタダで済むわけないじゃん!)
しかも、ダンジョン最奥に到達して後は地上に帰還するだけで良いはずなのに、相手が逃してくれそうもない。
そのときエドアルド王子の脳裏に、この聖者様の逸話が走馬灯のように通り過ぎた。
名前はルシウス・リースト。
魔人族というハイヒューマンで、神人まで進化した世界最強の男。
元はマリオンと同じアケロニア王国の貴族だったが、百年前にカーナ神国に移住して帰化し、人類の守護者となった。
故郷にいた頃、最愛の兄を殺されて悲嘆に暮れ、首謀者の悪徳貴族をその輝く聖剣で屋敷や敷地内の施設、そして内部にいた人間ごと“じゅわっ”と蒸発させたらしい。
跡地には雑草も残らず焦土化したとか。
思い出した途端、股の間の大事なものが縮み上がりそうになった。
「ほ、骨だけは! 骨だけはマリオンに届けてくださいー!」
「この愚か者が! 負ける気満々ではないか、剣聖にならんとする者がそんな弱気でどうする!?」
ますますルシウスの手の中の聖剣が輝きを増す。
「ま、マリオン……マリオン、愛してるー!!!」
泣きながら王子は目を瞑って、絶対越えられないほど高い聖者の壁に挑んだ。
聖者ルシウスの聖剣から放たれた、昼間の太陽より明るく強い光が炸裂した直後。
るー、るー、るー……とエドアルド王子の悲鳴のような叫びが木霊のようにダンジョン内に響いて、やがて消えていったのだった。
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