side 王太子~王妃の処遇をどうしよう
「王妃様、お助けください! 私はあなた様の命令で研究学園まで潜入していたのに!」
「困るのよねえ。確かにわたくしは、あのマリオンなる子を追い出せとは命じたけど。必要があってエドアルド王子に変装したことは良いとしましょう。……でも、王子の評判を落とせなどと誰が申した!?」
マリオンを研究学園で虐げ追放した魔導具師ギルドのサブギルマスは、腐っても王妃の遠縁。
早々に拘束されていたが、放り込まれたのは一般牢でなく貴族牢だった。
「それならもっと詳細な指示を下されば良かった! 私は良かれと思ってやったのです!」
「やるならもっと上手くやりなさい! わたくしにまで飛び火してるじゃないの!」
「黒幕が何を責任逃れなされようとしておられるのかー!!!」
「やれやれ。廊下まで怒声が聞こえてますよ。二人とも」
ハッとなって、王妃とサブギルマスが入口を振り向く。
呆れた顔のクリストファー王太子が護衛の騎士数人を連れて、客室仕様の貴族牢の入口すぐの場所に立っていた。
「母上。
「あら嫌だ、クリストファー」
「なるほどね。ダリオン殿が来たとき、マリオン君のことなんか知らない素振りでしたが、……やはり本当はご存じでしたか」
「あらー、何のことかしら?」
すっとぼけているが、王太子と同じ金髪碧眼の王妃はとんだ大根役者だ。
「お、王妃様は親戚の私に全部丸投げで!」
「君に丸投げされた結果、マリオン君への被害が拡大したんだねえ……。でも母上は彼の発明品を奪えとまでは命じなかっただろ? その点はどう申し開きするのかなー?」
この魔導具師ギルドのサブギルマスは、マリオンが研究学園に赴任してから開発した魔導具の設計図をいくつも盗用し、自分の発明品だとして商品化して販売まで行っている。
既に販売ルートも売上も押さえたが、非常に悪質な行為だった。
「魔導具師ギルドは君の懲戒免職を決定した。これまでサブギルマスとして君が開発してきた魔導具にも調査が入るからね。覚悟しておくように」
「で、ですが私は王妃様の命でっ」
「それはまた別件だろう?」
ピシャリと王太子がサブギルマスの言葉を封じた。
「各種ギルドは国家に属さない中立機関だ。そのサブギルドマスターでありながら、他者の発明を盗んだこと。大問題だよね」
がっくり項垂れてしまったサブギルマスはともかく、問題は王妃のほうだ。
いつまでも貴族牢に王族が滞在することは好ましくないので、強制的に母親の王妃を王太子の執務室まで騎士たちに連行させた。
さて、とクリストファー王太子は早々にソファに腰を下ろして扇で顔を仰ぐ王妃を見た。
本人、一応自分の立場が悪いことぐらいは理解しているらしい。
もう12月の真冬だが額に汗をかいている。
「母上。あなたがやったことは、マリオン君どころかエドアルドも傷つける行為だった。これでどう責任を取ってくれるのか興味深いですね」
「嫌味ったらしくてイヤになっちゃうわ。これがわたくしの息子なんだから。どう思いまして? お前たち」
無邪気に王太子の護衛騎士たちに話を振っているが、当然ながら王族同士の対話に彼らが口を挟むことはない。
クリストファー王太子は内心、溜め息をついた。
(本人に悪気はない。良かれと思ってやっている。その結果、周囲に甚大な被害が出る。……古きタイアド王族の忌むべき性質だ)
芸術と虚飾のタイアド王国に、いまだに享楽と虚飾の王族と言われるタイアド王家。
他国の賢人の出る王族の血を取り入れてからはだいぶ緩和されていたし、実際今の国王も王太子のクリストファーも楽天家なだけでネガティブな性質はかなり抑制されている。
その中にあって、このマルガレータ王妃はある意味、純正タイアド王族ともいえる血筋の末裔だ。
(人間の資質は血筋だけでは決まらない。環境が大事だと言われるが……我が王家も厳密な血筋管理が必要なのだろうな……)
ぺらりと執務机の上の書類をめくった。
王妃も、正直どうでもいいあの王太子にとっても遠縁のサブギルマスのことも、マリオン絡みの事件に関して上手く誤魔化そうと思えば可能だった。
新聞にスクープ記事が大々的に載ったのは痛かったが、タイアド王国の国民は基本的に飽きっぽい。
今はまだ時折、魔導具師マリオンの事件が新聞や人々の間で噂になっているが、意図的に複数の事件を流せばすぐ忘れ去られることだろう。
ところが、タイアド王家、王太子のクリストファーが隠蔽に奔走しても、どうにもならない問題が一件だけあった。
「母上……あのサブギルドマスターですがね。研究学園でエドの偽物に変装してマリオン君と関わったとき、違法魔導具を使用したと判明してるんです」
「違法の? ご禁制の魔物の血を触媒に使った若返り魔導具ならわたくしも欲しいわ!」
「………………」
やれやれ、と溜め息が漏れた。そんな平和なものなわけがない。
「マリオン君と関わるときだけ、物事の認識力や判断力を歪めて低下させる、洗脳系の魔導具だそうです」
ぴたりと王妃が扇を仰ぐ手を止めた。
「マリオン君はずっとエドと文通してたから、エドの人となりをよく知ってる。だから外見だけエドそっくりに変装したって、自分を虐げて傷つけるエドが偽物だって、本当ならすぐ気づいたはずです」
別れたばかりのマリオンの、エドアルド王子への態度を見れば、彼だって弟王子を憎からず思ってることは間違いないわけで。
「……それで?」
「そこで非合法な洗脳系魔導具の出番ですよ。おかしな態度を取られて、おかしいなって思った気持ちを、顔を合わせたときだけ抑制すればマリオン君から上手く発明を吸い上げながらも逃さずその場を乗り切れる」
マリオンが9ヶ月もあの研究学園に留まってしまった、真の原因だった。
確かにマリオン自身、学園の設備環境が良くて研究に熱中していたり、友達で守護竜のルミナスが一緒にいて心の慰めになって気を逸らせていたのは事実だ。
しかし、彼が受けた仕打ちや、本人が自由に外部に抜け出して冒険者活動で生活費を稼いでいた様子を考えると、いくら何でもそこまで長期間に渡って残り続けたことは異常すぎる。
マリオンの赴任期間中の研究学園を調べさせたところ、白い七面鳥のような鳥がマリオンの周りをぶつかるように何度も何度も飛んでいたとの目撃情報があった。
恐らく、あの
(あの
「人の自由意志を歪め、奪う魔導具はご禁制中のご禁制です。あのサブギルドマスターだって当然わかってるでしょう」
「まどろっこしいわね。何が言いたいの?」
「彼はこの後も司法の尋問をしばらく受け続けます。いよいよ言い逃れできないとなったら……自分の保身のために、あなたから使えと言われたと供述するでしょうね」
「むううう……」
王妃は天井を仰いだ。そりゃそうだわ、と呟いている。
「さあ、自室へお戻りください、母上。今度こそ国王陛下の許可が出るまで出てはなりません。そしてご自分が何をなさったのか、関係者にどのような影響を及ぼしたかお考えになると良いでしょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます