side 王子 任務完了、銭湯で汚れを落としてます

 エドアルドはこの国、タイアド王国の第二王子だ。

 金髪碧眼で、鮮やかなエメラルド色の瞳はタイアド王族に特有の色彩である。

 美形を誇るタイアド王族の中にあって、実母に似たのか愛嬌のある顔立ちで、よく笑い表情豊かな王子として国民に人気がある。


 まだ18歳なため、背丈はこの年頃の男子の平均ほど。

 剣を幼い頃から鍛錬しているので身体は傷だらけだが、全身に戦うための筋肉を鍛え身につけていて、肩や腕、腰や大腿などはまだまだこれから太く厚みを増していくだろう。


 側室腹の王子だが、亡き母は身分は低かったが元々学生時代の現国王の恋人で、愛し合ったふたりから生まれた王子である。

 王位継承権は現在2位だが、正妃の息子の第一王子で王太子の兄が優秀なので、兄が国王に即位する前に早々に臣籍降下して余計な争いを避けるつもりでいた。


「ふふ……マリオン、マリオン。ようやく会えるー!」

「王子、ご機嫌ですねえ。お目当ての方は研究学園に赴任されたんですっけ?」


 大浴場の大きな風呂に浸かって、エドアルド王子はご満悦である。


 春から9ヶ月。もう11月も半ばを過ぎてようやく国内に大発生した植物モンスターを討伐し終わり、討伐責任者のエドアルド王子は騎士団や冒険者たちとともに王都まで帰還した。


 本来なら一度騎士団に戻って身を清めてから王宮の父国王に報告すべきなのだが、城下町の公衆浴場のオーナーが国のために戦ってくれたエドアルド王子率いる討伐隊に浴場を貸切にして使ってほしいと申し出てくれた。

 騎士団にはシャワー設備しかないので、長期にわたって疲労が蓄積されていた一行はありがたく湯をいただくことにしたわけだ。


「王子も運が悪いですよねえ。本当ならマリオン殿と一緒の学園生活だったはずなのに」

「あちらは先生、俺は生徒だけどね。ふふふ……教師と生徒、禁断の関係から生まれる愛! これは間違いないやつだ!」

「禁断って。幼馴染みなんでしょー?」


 配下の騎士や冒険者たちが突っ込みを入れてくる。

 娯楽の少ない討伐期間中、この王子様の恋愛話は良い酒の肴だった。


「確かお相手は魔導具師なんですよね。迎え入れるにあたって研究学園の設備を一新して寄付金も弾んだそうじゃないですか」

「そうさ! マリオンは魔法魔術大国の出身だから、故郷の道具に負けない最新式を予備も含めてたっくさん!」


 辛うじてその設備はマリオンに使ってもらえたのだが、寄付金の恩恵は本人まで届かなかったことを、まだこの王子は知らない。


「滞在中の上級客室にダブルベッドを入れさせたって聞きましたけどお~?」

「ち、違う! 元々一台しかベッドがなかったからもう一台入れただけ! ツインにしただけ!」

「一台汚しても、隣のベッドに移ればいいとか、そんな感じですかあ〜? やーらしーい!」

「や、やらっ!? 違うって、部屋で話が弾んで王宮に戻るのが億劫になったら泊めてもらうつもりだっただけ!」

「無理しちゃって〜。いけないこと最初から考えてたんじゃないですかあ〜?」

「……ち、ちょっとだけね?」


 とこんな感じで弄られていた。

 しかし、泊まる気満々で入れたツインベッドのある上級客室は、マリオンが滞在することは一度もなかったのである。


「マリオンの国は18歳が成人年齢だから、来年春の誕生日までに戻って来れてよかった。何か討伐期間中、たくさん手紙出したのに一度も返事返って来なかったけど。研究学園での仕事、忙しいのかなあ?」


 そう、マリオンが出した手紙に王子からの返事はなく、エドアルド王子が出した手紙にもマリオンからの返事はなかった。


「ここ数年、マリオンからの手紙がなくて悲しかったけど、発明コンクールに出展する準備で忙しかったからだよな。コンクールの主催団体経由でうちの国の研究学園に赴任のオファー出したら即オーケーって返事くれたもん」


 いつもの王宮からではなく、別団体を通じて発送し、受け取ったからこそマリオンと連絡がついたのだと、この時点ではまだ王子は気づいていない。


 そう、エドアルド王子は人を疑うことを知らない、心優しき善意の人なのだ。

 まさか悪意ある第三者が、自分と大好きな幼馴染みとの間を引き裂こうとしているなどと、夢にも思っていない。


 だが、それも今日このときまでのこと。




「お、王子! エドアルド王子殿下、いらっしゃいますか!?」


 突如、浴場の脱衣室へのガラスの引き戸が大きな音を立てて開かれ、湯気でもくもくと視界も危うい浴場内に呼びかける、焦った声が響いた。


「はーい。エドアルド、ここにいるよー!」

「王子、呑気に銭湯に入ってる場合じゃありませんよ! 新聞! 新聞見てください、王子の大好きな魔導具師殿がえらいことになってますよ!」

「へ?」


 この後は熱い湯で火照った身体を、冷たく魔導具の冷蔵庫で冷やした牛乳を飲んでキュッと引き締めようと、ぽわぽわ温まった頭で思っていたのに。


 一気に目が覚めた。


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