第三話 ヤギくん、オオカミさんの素の一面を知る

「別に向こうが楽しんでる分に関してはご自由にって感じなんだけどさ、それを他人に押し付けてくるのは違うと思わない? 恋愛に興味ないって言ったら、そりゃあ大上さんは選ぶ立場だからね~、とか嫌味ばっかり言ってくるし! それに、聞いてよ! 恋愛に興味がないって、人生の半分を損してるって言うんだよ、ひどくない!? 私だって、恋愛以上に楽しいものがたくさんあるんです~。それにね──」 


 マシンガンのように朱莉あかりはずっと話続けている。一体いつ息継ぎをしているのかと、蒼太そうたが疑問に思うほどに。


 よほど興奮しているようで、蒼太と朱莉の距離は非常に近い。吐息が触れそうなほどなのだが、朱莉はそのことに気づいていないようだ。いくら勉強に興味ない蒼太といえど、学校で一番可愛いと言われている女子との距離が近くなって、何も思わないわけがなかった。


 何かいい匂いがするなとか、整った容姿をしているんだなとか、そんならしくもない事を考えてしまうほどに。


「分かった、分かったから……とりあえず離れろって!」

「え? ああ、ごめんね」


 朱莉は蒼太から半歩だけ距離を取る。まるで、まだまだ話したいことがたくさんあるという風にも見える。


「それでね──」


(まだ続くのか……)


 蒼太の予感通り、朱莉の愚痴はまだまだ続いた。


「──っていうわけなんだよね!」


 その時のことを思い出しているのか、朱莉は仏頂面だった。それでも愚痴自体は終わったようで、朱莉は「んーっ」と言って腕を伸ばしていた。


「そ、そうか……それは大変だったな」


(やっと終わった……)

 

そんなに時間は経過してないはずなのに、ぐったりするような疲労感が蒼太を襲っていた。


「引き止めちゃってごめんね。今更だけど、このあと何か予定あった?」

「勉強」

「そ、そっか……ふ、ふふ……ブレないよね、八木君って……」


 蒼太の返答に、朱莉は体をくの字に曲げて肩を震わせていた。そして蒼太からすれば、朱莉がどうしてそんな反応になるのかよく分からなかった。


「急に笑ってごめんね。ただ、八木君が噂通りの人なんだなって」


 目尻に溜まった涙を拭いながら、朱莉は返答する。


「……うわさ」


(あのろくでもないやつか)


 例えば、陰キャのガリ勉君だとか。

 例えば、万年二位君だとか。


 朱莉ほどではないが、蒼太だって有名人なのだ。最も、朱莉と違って悪い意味でだが。


「まぁ、八木君の想像通り良くない噂だけどね……」


 申し訳なさそうに、苦笑する朱莉。  

 それからすぐ両手を合わせる朱莉は、蒼太をフォローするように話し始める。


「あ、でもね! 今日初めて話したけど、私は八木君のこと良いなって思ったよ。素直な所とか、自分の意見を堂々と言える所とか、飾らない自分に対して自信を持ってる所とか、たくさん!」


 ニコっと満面の笑みを浮かべる朱莉。その表情は、クラスで見せている笑顔とは違うことが、蒼太にでも分かるくらいにきれいだった。裏表のない本心からの笑顔なんだろう。


「は、はぁ……そりゃあ、どうも……?」

「八木君……あんまりピンと来てないんでしょ」

「ま、まぁ……。言葉から察するに、大上は人に言えないようなことばかり考えてるのか?」


 瞬間、カ~と朱莉の顔が真っ赤に染まった。


「いや、違うでしょ! なんでそうなるのっ! 何か私がえ、えっちなこと考えてるみたいじゃん!」

「別に、やらしいなんて一言も言ってないだろ」


(本当は考えていたんだろうな。気付かないフリをしてあげよう)


「ほ、本当に考えてないからね! ほら、建前と本音っていうのがあるでしょ、もーう、八木君のバーカ、バーカ!」


 ポコポコと体を叩いて来る朱莉。そんな彼女に、蒼太は少しだけ戸惑っていた。普段の彼女と似ても似つかなかったからだ。


 控えめでもなければ、大人びている様子もない。むしろ皆無と言っていい。クラスの男子が話していた性格とは全く違う。


 そんな事を考えながら朱莉を見ていると。


「な、なに……もしかして、私のこと好きになったの?」


 嫌そうに顔をゆがめる朱莉が、蒼太から一歩距離をとる。


「安心しろ、それはねぇ」


 蒼太の返答に、朱莉の表情がパッと華やいだ。我慢しても抑えきれないといった様子で、朱莉はニコニコしっぱなしだ。


(好きにならないって言うと喜ぶなんて、変わった人だな……)


 落ち込んで、怒って、恥ずかしがって、喜んでと、短い間で朱莉の表情がコロコロと変わる。そしてクラスメイトいる時よりも、今の方が素の状態なんだと、蒼太もなんとなく察した。


(まぁ、俺にはどうでもいいことか。それよりもだ)


「で、話はもう終わりでいい? 流石に、そろそろ帰りたいんだけど」

「長々と引き留めちゃってごめんね。じゃあ、また明日」

「おう」


 朱莉に背を向けて、教室から出て行こうとした時。


「あ、そうだ! 八木君ちょっと待ってくれない?」

「……まだ何か?」

「そんな嫌そうな顔しなくていいじゃん、もーう!」


 言葉の内容に反して、朱莉のテンションは高い。少しだけ浮かれているようにも見える。実際、朱莉はふにゃりとした笑顔だ。


 手をモジモジとさせながら、朱莉は話しかける。


「あのね、八木君にお願いがあるっていうか……一つ提案があるんだけど……」


 上目遣いでチラチラと蒼太の機嫌を伺うように朱莉は話す。普通の男子なら心を打たれてしまいそうなあざとい仕草だ。


「これから毎日、一緒にお昼ご飯食べない?」

「却下に決まってんだろ」


 朱莉のお願いを、即答で断る蒼太。


「え、八木君だって私と一緒にご飯できたら嬉しいでしょ?」

「そりゃあ、大上のことを好きな男子だったらな!」


「でも、ちょっと考えてみてよ。私達の恋愛不要の考えって、ちょっと変わってるでしょ。だからお互いに息抜きできる時間が必要だと思わない? その時は私がご飯を作ってもいいし、いいよね?」

「いいよね、じゃねーよ。そしたら俺の勉強する時間が減るだろ。却下だ、却下!」

「そっか、ダメかぁ……」


 今日は雨かくらいのテンションで朱莉は返事をする。


「じゃあさ、一日だけだったらいいよね?」

「まぁ、一日くらいなら……」


(それくらいなら負担にならないしな……ん? いや、ちょっと待って)


「そっか、そっか。それは良かった」

「なぁ、大上。もしかして、わざと──」


 蒼太が話し終えるよりも早く。


「じゃ、八木君。私も急いでるし、もう帰るから! じゃあねー!」


 蒼太が引き留める間もなく、朱莉は逃げるように教室から出ていく。

 


「今のって、譲歩的要請法ドアインザフェイスだったよな……」


 断られる前提で初めに大きな要求をして、その後本命の小さな要求をすること。そうすることで、本命の要求を受け入れてもらいやすくするテクニック。

 実際、狙ってやったんだろう。


 まるで、春の小さな嵐だった。 

 教室に一人取り残された蒼太だったが、すぐに気持ちを切り替えて、帰ることにした。 


 一緒にご飯を食べれば本当に関わることがなくなるだろうと、そう結論付けた。

 この時は、そう思っていた。



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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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