第四話 オオカミさんに少しだけ懐かれた

(にしても、大上は恋愛は不要だと思ってたのか……)


 朝のHR前。

 蒼太は頬杖をつきながら、ぼーっと朱莉たちを見ていた。昨日の事があまりに強烈だったので、なかなか頭から離れなかったのだ。


 蒼太の視線の先では、昨日とは似ても似つかない笑みを浮かべる朱莉が、クラスの男子達と話していた。深窓の令嬢なんて言葉がびったりなくらいに、ニッコリと上品な笑みを浮かべている。

 ちなみに、朱莉の友人である唯はまだ学校に来てないようだ。


「でさ、大上さんも一緒に遊びにいかない?」

「そうなんだ、確かにそれは楽しそうだね」

「っ! だったら──」

「でも、ごめんね。その日は家の用事があってさ。また次の機会に誘ってよ」


(この会話もなんか別の意味を含んでそうだな……)

 

普通にとらえればやんわりと断っているだけなのだろう。しかし朱莉が恋愛不要論を持っている知った今は。


(絶対に仲良くするもんか、とか考えてるんだろうな)


 これから朱莉たちの会話が聞こえるたび、蒼太の頭の中で、そんな風に翻訳される。


 昨日の会話を思い出すに、男子からのアプローチは迷惑で、女子から嫌味を言われていた、要は嫉妬されていたんだろう。

 ということは。


(友達の日向にだけよく笑ってはしゃいでるっていうのは、彼女以外に心を許してないんだろうな……)


 ニコニコと話している姿を見ていると、流石の蒼太もなんとも言えない気分になる。軽くため息を吐いてから、蒼太は再び取り掛かっていた問題集に戻るのだが。


(クソ……解説読んでも全然、分からん。なんでここの答えが、24になるんだよ……)

 

 うーんうーんと、蒼太が一人、自分の席でうなっていると。


「ん? その問題ができないの?」

 

 蒼太が顔を上げると、声をかけてきたのは朱莉だった。どうやら蒼太のうなっていた声が、朱莉にも届いていたようだ。朱莉は近づいてくると、蒼太が解いている問題集を手に取る。


「うっわ、難しい問題やってるね。これまだ先の範囲の分でしょ」

「いや、まぁ……そうだけど……」


 急に話しかけてきた朱莉に、蒼太は目を丸くしていた。

 昨日のことがあっただけに、話しかけてくると思っていなかった。


「ちょっと待ってねー」

「お、おい……!」


 蒼太の静止も間に合わず、朱莉は蒼太のボールペンを手に持って問題を解き始めた。

 栗色の髪を耳にかけながら、朱莉はスラスラと問題を解いていく。そんな朱莉の仕草に、男子達はぼうっと見惚れている。一方で、途中から現れた唯は、朱莉を発見するや、目を剥いて固まっていた。


 それから少しして。


「八木君、この答えって24で合ってる?」

「マジか……合ってる」


 思わず、朱莉の方を見てしまった。視線が合うと、朱莉は凄いでしょと言わんばかりに誇らしげな表情をしていた。


「いい? この問題はね、まず先に交点の座標を求めてから──」

 朱莉による解説が始まる。


「──っていうわけなんだけど、分かった?」

「もう一回、もう一回頼む!」

「うん、いいよ。何回でも聞いてね」 


 微笑を浮かべる朱莉が、再び蒼太に問題の解説をする。

 どことなくだが、クラスの男子と話していた時よりも、その表情はやわらかい。


「──っていうわけなんだけど、どう?」

「……理解できた」

「そっか、それは良かった」

「あ、あり……が、とう……クッ」


 下唇を噛みながら、蒼太は絞り出すようにお礼を伝える。加えてお礼を言ってる途中に、歯ぎしりのような音も聞こえていた。


「え、えぇー……せっかく教えてあげたのに、なんでそんな反応なの?」

「べ、別に……なんでも……ない……」


 恨めしそうな顔で朱莉をにらむ蒼太。

 あからさまなくらいに、何かある表情だ。

 そしてそれは──


「さっすが、朱莉―! やっぱり学年一位は違うねー!」

「からかわないでよ唯、たまたまだって」


 ──朱莉が学年一位で、蒼太が学年二位だからだ。


 蒼太が万年二位と言われる理由もここにある。

 勉強至上主義の蒼太だが、高校に入学してからずっと二番だった。そして一番は、朱莉。それもずっと一番。どれだけ頑張っても、毎回蒼太の上に朱莉がいるのだ。


 蒼太の通う末吉高校では、定期考査ごとに上位30名の名前が、合計点と共に掲示板に張り出される。そして自分の順位が2位だった時、蒼太は足元から崩れ落ちるような衝撃を受けていた。積み上げてきた自信も自負も、すべて吹っ飛ばされるほどに。


 それからテストの度に打倒大上朱莉を掲げていたが、結局一度も勝てないまま。

 だからと言って、ネガティブな気持ちばかりでもなかった。


 どれだけ努力しても届かない朱莉に対して、憧れや尊敬の念を抱くようにもなったのだ。最も目の前で、こうもあっさりと問題を解かれると、差を見せつけられて複雑なのだが。


「……なぁ、大上ってどの範囲まで勉強してんの?」

「高二の範囲はもう全部やったかな。八木君は?」


(は……マジかよ、コイツ……何でそんな先までやってんだよ)


 あっけらかんと答える朱莉に、蒼太は一瞬だが開いた口が塞がらなかった。

 ちなみに、蒼太は二学期の範囲の途中だ。末吉高校は進学校じゃないので、二学期の範囲をやってるだけでも十分に早い。


「ほ、ほーう……た、たまたまだな……お、俺も……最近、高二の範囲は全部やっちゃ……んだよ……」

 

 どもりながら話す蒼太。ついでに言うなら、噛んでいた。

 学年一位の朱莉への対抗心から見栄を張ってしまったんだろうが、分かりやすすぎる。

 

「そ、そうな……だ、ね……ふふっ」


 案の定、朱莉は体をくの字に曲げて肩をプルプル震わせていた。

「~~っっ」


 蒼太の顔が急激に赤くなっていく。


(くそっ……見てろよ。次のテストでは絶対に勝ってやるからな……!)


 そしてそんな二人の様子を見ていた朱莉の友人の唯が、ニヤニヤした表情で蒼太達を見ていた。


「にしても~! 朱莉が自分から男子に話しかけに行くのって珍しいね! ん~?」

「別にそんなことないでしょ。隣の席だし、聞こえてきたからたまたまだって。そんな言い方したら八木君だって困るんだからね」

「はーい。でも、珍しいと思ったのは本当だよ?」


 やや不服そうな表情ながらも、唯は譲らなかった。


「じゃあさ、もしかして二人って仲良かったりした? 友達だった?」

「いや、別に俺達は仲良くないぞ」


 蒼太が答えた瞬間、朱莉が口元をピクピクさせだした。吹き出すのを必死にこらえる朱莉が、詰まりながらも返事する。


「いや、そ、そうなんだけどさ……ふ、普通、そうハッキリ言うか、な……やっぱダメだ……ップ、あはは!」


 こらえきれないといったようで、朱莉は吹き出してしまった。


「……笑うところあった?」


 唯はぽかんとした表情を浮かべていた。


「ご、ごめんね……気にしないで……」


 よほどおかしかったようで、未だに笑っている朱莉は目尻に溜まった涙を拭っている。


「ん~、朱莉が男子に対して、そんな反応をするのって、中々ないと思うんだけどなー……」


 独り言のような唯の言葉に、朱莉の表情に非難めいた色が宿る。これ以上は蒼太としても探られたくなかったので、くぎを刺しておくことにした。


「さっきも言った通りだから、もういいだろ。それと、俺はそういう勘ぐりをされるのが好きじゃないからやめてほしい」


 その瞬間「八木君……」と小さく感嘆するように朱莉が呟いていた。


「そっか、そっか。ごめんね」


 チロッと舌を出しながら、申し訳なさそうな表情で謝罪する唯。すると、数人の男子がぼうっとした表情で見惚れていた。あざとい仕草なのだろうが、唯は素でやっているのだろう。


 これで、勉強に戻れると蒼太が考えた時。


「HR始めるから席につくさね~」


 担任の先生が教室に入ってきて、結局はできなかった。


             ※


 朝のHR中。

 蒼太の机の上に、隣の席からピンク色の可愛いふせんが置かれた。

 広げてみると

 

 ──さっきはありがと! さっすが、やぎくん!

 

 犬のようなキャラと共にそう書かれていた。

 勿論、朱莉からである。

 思わず、蒼太は隣の席に視線を伸ばす。

 そこには。


 ニコニコせずにはいられなかったのだろう。

 満面の笑みを浮かべる朱莉が、それはもう嬉しそうにピースをしていた。


(ったく、他の人に見られたら何て言うつもりなんだよ……)


 そんな朱莉を正面から見れなくて、蒼太は照れくさそうに視線を逸らしてしまうのだった。


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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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 学校で一番かわいいオオカミさんの弱みを知ったら、避けられるどころか懐かれてしまった~恋愛は不要だと言うくせに、彼女は友達以上の距離で接してくる~ 光らない泥だんご @14v083mt

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