第一章 ヤギ君とオオカミさん
第一話 ヤギ君(にとって)の運の悪い一日
「山口の奴、いいよなぁ。大上さんと日向さんの近くの席って」
「着ぐるみサウナの刑と紐なしバンジーだったらどっちがいいんだろうな」
「今からでも代わってくんねぇかなぁ……」
休憩時間。
このような陰口を、蒼太は何度も聞いていた。わざと聞こえるように話す生徒もいれば、聞こえてしまった場合もある。
なお、蒼太の名字は山口はなく
(可能ならこっちだって代わってあげたいよ……というか物騒なの混じってなかったか?)
問題集を解く手を止めて、蒼太は春の空を見る。
(なんでこんな席になってしまったんだが……)
勉強の集中を削ぐ三つの問題に、蒼太は小さくため息をつく。
(まぁ、次の席替えまで我慢するしかないか。とりあえず、帰りに新しい参考書でも買お)
嫌なことがあったら何かを買って自分を励ます人がいるように、蒼太は勉強道具を買う。
勉強にしか興味ない蒼太だからこそだった。
勉強至上主義者の蒼太にとって、勉強以外に興味を持てるものはほとんどなかった。逆に言うと、勉強だけが蒼太の心を揺り動かしてくれる。
だから蒼太は、新しい参考書を買って自分を励ます。
気を取り直し、再び蒼太が問題集に取り掛かろうとしたのだが、再び手が止まってしまう。
そう、二つ目の問題だ。
「え~、本当に!? おめでとう、成瀬君!」
「ありがとう、唯。でも、大げさだって。まだレギュラーに選ばれただけだから」
「そんなことないって! じゃあさ、じゃあさ、試合の日になったら応援に行く! ね、朱莉もいいでしょ?」
「えっ!? わ、私……も……?」
よく言えばにぎやか、悪く言えばうるさかった。
原因は、クラスで一番かわいい女子──
様々な想いで集まっていた。
クラスの中心メンバーになりたくて。
彼氏・彼女になりたくて。
漫画やアニメで見るような青春に憧れてと。
とはいえ、そんなことに全く興味ない蒼太はうるさいとしか思えなかったのだが。
明日からは、図書館にでも行こうと蒼太は考える。
再び問題集に取り掛かると、クラスの男子が話しかけてきた。
「八木君はさ、部活とか入ってる?」
「いや、入ってない」
「じゃあさ、趣味は?」
「勉強」
「……放課後は何してんの?」
「勉強」
「そ、そう……真面目なんだな。邪魔して悪かったな」
これが三つ目の問題だった。
こんな具合にやたらと話しかけられることが多かったのだ。そのせいで、休憩時間中の勉強がかなり削られていた、
同じタイミング、四限目の始まりを告げるチャイムが鳴り、生徒達が自分の席に戻っていく。
(なんでクラスの男子は話しかけてくるんだ?)
自分の席に戻る男子生徒の背中を見ながらうっすらと考えたが、すぐにどうでもいいと判断した。
大切なのは勉強だからだ。
その際、蒼太は気づいてなかった。
ジッと、値踏みするような視線で朱莉が蒼太を見ていたことに。
※
放課後、蒼太がトイレの個室から出ようとしたとき。
「それで? 八木とはどうだったんだよ?」
「無理無理、噂通りの変な奴だったよ」
自分の名前が聞こえてきて、反射的に蒼太は手を止めてしまった。
一人は分らなかったが、もう一人は声から判断するに休憩時間に話しかけてきた男子のようだ。運悪く、居合わせてしまったのだろう。
「ちぇー、あいつと仲良くなれれば、大上さん達と話すきっかけになると思ったんだけどなぁ」
どうやら席が近い蒼太を踏み台にして、朱莉達との接点を持とうとしていたようだ。
「というかさ、勉強にしか興味ない奴と仲良くするとか無理だって」
「そりゃ、そうだ。勉強が好きって変な奴だよな」
「なー。しかもそれで、入学してからずっと学年二位。かわいそうじゃね?」
「わかる、めっちゃ悲惨だよな」
そう言って、笑う男子生徒達。
(ふん、余計なお世話なんだよ。俺が何を好きでもいいだろ)
蒼太は鍵を開けて、トイレの個室から出る。
「誰かいたのかって……マジか」
「え、や、八木……?」
驚く男子達を無視して、蒼太は教室に向かって歩く。
放課後の廊下は生徒が少なく、静かだった。
「クソッ……」
だから、独り言を漏らすことに抵抗はない。むしろ、今の気持ちを吐き出さずにはいられなかった。それはバカにしていた男子生徒達に向けてではなく、自分自身に。
悔しくて、悔しくて仕方なかった。
自分の大好きな分野で一番になれない自分に。
他者に言われると、より一層、悔しい気持ちを実感してしまった。
(確かに俺はずっと万年二位だよ……あー、イライラするっ!)
その場で、地団駄を踏む蒼太。
教室に戻る足を止めて、蒼太は別の場所へ向かうことに決めた。
なお、その選択が蒼太を別の不幸に誘うのだが、今は知る由もない。
※
「なんで俺は万年二位なんだー! なさけねーよ!」
「次は俺が一番になってやるー!」
「
屋上のフェンスをつかむ蒼太は、茜色に染まる空に向かって、一人で叫んでいた。
ちなみに、菅原道真とは学問の神様のことである。
場所は屋上。普段は施錠されており生徒が立ち入れない場所なのだが、ちょっとした理由から蒼太は屋上のカギを持っていた。
それから少しして。
「ふー、スッキリした!」
おでこに付いた汗を制服の裾で拭う蒼太は、清々しい笑みを浮かべていた。屋上に来た時よりも、軽い足取りで教室へ向かう。
気分よく鼻歌を歌いながら、教室に入ったとき。
「恋愛なんて嫌い……大嫌い……応援なんて絶対にいくもんか」
女子生徒の声が聞こえてきた。
「あいつは確か……大上だったか?」
クラスで一番モテる女子が、愚痴を吐いていたのだ。
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