第1話 夢のような恋だった。

初めて貴方を見た日を今でも覚えてる。


沢山の愛の中、全力で、全身で“楽しい”を表現する貴方に初めて感じた気持ちの高鳴りを忘れる事なんて出来なかった。


…だからこそ、貴方を見る事が苦しくなっていった。


ぱちぱちと拍手の音の中、変わらない笑顔であの日よりも遠くで笑う彼に“やっぱり”と思う。


追いかけて、追いかけて追いかけて。


ただでさえ届かなかった距離を引き伸ばされて、疲れてしまった。


「ごめんね、あきくん。」


城本 明-しろもと あきら-


元々は地下で活動していたがスカウトされて一躍人気になった今をときめくスーパーアイドル。


それが、私、葉月 ゆず-はづき ゆず-の推しだ。



“リアコ”などというものになって、早6年。

随分夢から覚めるのに時間がかかったものだ。


『なんか、色々疲れちゃったな。次のLIVEでお別れしてきます。』


SNSで独り言のように呟いた言葉に数人の友達が「みかんちゃんいないの寂しいよ」等と別れを惜しむ声をかけてくれる。


それでももう私もいい歳だ。

夢だ幻想だにこれ以上の年月をかけていては親から心配をされてしまう。


ぽこんっ、と聞き慣れた通知が鳴り、画面を見ると『疲れた時には甘いもの〜!みんなも無理しちゃ駄目ダヨ』とあきくんが写真をアップにしてた。


いいねを押して画面を閉じた。

明日が、その最後のLIVE。


最後に初恋の彼の目に止まっても恥ずかしくないようにスキンケアをちゃんとして私は布団に潜り込んだ。























そして冒頭に戻るわけだ。


つまり先程LIVEのアンコールを含む最後の曲が終わった。


「本日はー!!どうもー!!!」

「ありがとうございましたーーー!!!!」


グループのみんなと声を揃えてキラキラとした顔でお礼を言う彼に「ありがとう」と小さく言葉を漏らした。


今までその笑顔に救われてきたよ。

何があっても貴方がいたから頑張れたよ。


でもね、同担拒否だからという理由だけで喧嘩を売られるのも、その争いを見るのも、些細な嫉妬も自分も嫌いな自分を見つけるのも、全部疲れたんだ。


ふと、視線をあげると目が合った気がした。


びっくりしてそのまま見ているといつもは笑ってくれるのに何故か睨みつけるような顔をしている。


「え、?」


訳が分からず混乱しているとふいっとそのまま裏に捌けてしまった。


…一体なんだったんだろうか。


まぁ、きっと気のせいだろうと思い直し、さっさと帰る準備をする。


隣ではここが良かった等の話題で余韻に浸っている子がいるが、生憎と私は1人でLIVEを見るのが好きだから話せる相手がいない。……悪かったな。


まぁ、離れる最後のLIVEで浸る余韻も無いんだけども。


あぁ、でもあれ歌ってくれたの嬉しかったな。ずっと好きだったし、最後に聞けて満足…と考えていたら声をかけられる


「すみません、引き止めてしまって…F29に座っていた方で間違いないですか?」


間違いなくつい先程まで座っていた席を言われ「そうですが…」と返事をしながら振り返ると、そこには女性スタッフが居た。


落し物でもしたか?と思いつつ、スタッフを見ていると


「あぁ、良かった。間に合った。申し訳ございませんがこちらに来ていただいて大丈夫でしょうか?」

「え…ええっと、なにか落とし物とかですかね、?」

「あ、いえ!少しお話が…」


その言葉に出てき始めていたオタクたちがチラチラとこちらを見ながら「不正?」「盗聴てもしてたんじゃない?」と囁きあってる。


おぉーいやめてくれ。そんな事したこともないわ。


ただこの場で「やってない」と言っても無駄なことは何となく察せてしまうわけで……


「…分かりました。無実を証明します。」


と大人しくついて行くことにした。


「あっ、えっと疑ってる訳じゃないんですけどね!?えーっと、すみません!詳しい話が出来ないので、とりあえずこちらの扉にお願いします!」


焦りながら誘導してくれるスタッフさんに可愛い〜と失礼な事を思いつつ扉に入ると長めの廊下に出た。


「すみません。こちらにそのままお願いします。」

「はい…」


スタスタとスタッフの方と並んで歩いていくとすれ違う別の方から「なぜ?」という顔で見られる。


確かに一般人のオタクがこんな裏に連れてこられる事なんてそうそうないだろうし、私自身、盗聴とかはその場で確認してって思ってたからこんな専用の場所に連れていかれるとは思ってなかった。


今、プライバシーとか厳しいからかなぁ。と思っていたら1つの扉の前で立ち止まる。


「失礼します!佐久間入ります!」


こんこんっと軽快なノックとともにおそらく目の前のスタッフさんの名前を言って部屋の扉を開けた。


「あぁ、待ってたよ。ありがとう」


「……は、?」


タオルで汗を拭きながら優しい顔でこちらに微笑む彼に思わず呆然とする。


目の前にいる彼こそ、つい先程までステージの上で歌って踊っていた、私が6年もの間追いかけ続けていたあきくんだった。


「いえ!それでは失礼します!!」

「待って待って待って!?行かないで!?!失礼しないで!?!?!」

「いや自分他の仕事あるんで!!」


必死の懇願も虚しくスタッフさん__基、佐久間さんはそそくさと扉の向こうに消えていった


「えぇ〜俺目の前にして帰ろうとしないでよ、寂しいじゃん」


(笑)とつきそうな楽しそうな声であきくんは続けた。


「しっ、城本さんにお、お会いするの、はじめ、てなので」


恥ずかしくて、と混乱したままそう言うとあきくんは一瞬びっくりした顔をしてじぃっと私の目を覗き込んだ。


ひぃ、やめてくれ。顔がいい


「……き…じゃないの、」

「え、?」

「なんで、“あきくん”じゃないの」


投げかけられた質問にクエスチョンマークが頭で埋めつくされる。


本人のリプにも全て「城本さん」で統一していた。

だって、見ず知らずの人から親しく下の名前でくん呼びとか嫌かもしれないから…


だからこそ、その言葉にびっくりした。


「な、んでそれ、」


“あきくん”のあだ名はそこまで浸透してないあだ名だった。


みんな城本さんや、明くん呼びが多かった。


「でも良かったー…ゆずが離れるって聞いて本当に焦ったんだよ?だから俺今日のライブちょー!頑張ったのに!……頑張ったのにさ。」


声のトーンが段々低くなっていく、

長年恋をして、追いかけて初めて目の前にいる彼にゾッとした。


「なーんで届かないかなぁ。俺、最後に見るゆずの笑顔すっごい好きだったのに。


…まるでお別れみたいな顔で笑うんだもん。そんな事、させるわけないのにさ。」


かた、と背中に壁が当たる感覚で無意識に自分が後退りしていたことに気づく。

そして、彼がこちらに歩み寄っていたことも。


…もう、逃げ場なんてない。


「そ、そんな事って、」

「んー?まだ分かんない?ゆずぼんやりしてるからなぁ。ちゃぁんと愛の言葉言わないと伝わらないよねぇ。」


よしよし、と伸ばされた手にびくりと肩を震わせる。


「愛してるよ。ゆず、他の誰よりも、何を差し置いてでも。」


何よりも聞きたかった言葉、その声も顔も目の前にあるはずなのに、パニックになっている頭はただ、ただただ恐怖で埋めつくされる。


……目の前の男は誰?


「わ、たしっ、帰ります、」


震える声で初めて抵抗した。

精一杯の言葉だった。

それすらもきょとんとした顔で「なんで?」と無下にされる。


「帰るってどこに?」

「あの、じぶんの、その、」

「あぁ!福岡の!“前の”家?」

「っえ、?」


発言の意味が分からず思わず聞き返してしまう。

聞いたら負けだと、気づいた時にはもう遅い。


「やだなぁ。帰すわけないじゃん。だってほら、ゆずってば隠れんぼ上手でしょ?もう俺、1秒たりとも離れたくないのに」


くすくすと楽しそうに目を細めて笑う彼。


「だいじょーぶ、俺ゆずのことなんでも知ってるよ。


大好きな食べ物、いつも飲んでるコーヒー、いつも使ってるマグカップや香水。服は、まぁ俺の使えばいいじゃんね。」


にこにこと笑いながら肩を強い力で掴まれる。


「だから安心して家においで?ゆずの物、もうぜぇんぶあるからさ」


キラキラの笑顔で、ずっと遠くにあった笑顔で、知らない顔で笑う彼。

…私とんでもない人に恋してたんだ。


シュッとかけられた謎の液体に意識が奪われていく。


嗚呼、こんなの、まるで………


悪夢のような恋だ。


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