紹介
今後の課題を抱えながら次についたのは大きな講堂だった。
ファンタジーなのに厳かな雰囲気、奥の壇上には如何にも校長が演説しそうな台があって、そこへ向けての座席がビッチリ、ざっと数えて二百か三百人ビッチリ、その座席も新入生でビッチリ埋まっていた。
「前から詰めてってくぅださーい」
間の抜けた先輩生徒の指示に従ってランドセルみたい鞄を足元に置いて席につく。
チラリ周囲を伺えば、お喋りに盛り上がってる人たちや、ただぼんやりと誰もいない舞台を見ている人、静かに生徒手帳を熟読している人もいて、本当に学校生活だった。
その様子、見てるだけでも楽しい。
沢山の生徒たち、ゲームでも個々に名前とか性格とか、能力とか色々とランダム設定されていたけれど、やっぱりゲームはゲームで、こうして現実に現れてくれると、本当に違うものだった。
そう思った途端、一つの願望、と言うか目標ができた。
友達、作りたい。
学園での三年間、一人で黙々と攻略するには寂しすぎる。やっぱり学友は必須でしょ。
けれど、このゲームとは、この世界とは全く違う日本で生まれ育った私には、共通の話題とか思いつかなくて、だからどうすればいいか、想像つかなかった。
「きゃーーー!」
考え遮ったのは女性の悲鳴、それに続いて怒声に暴れる音、その中に混じるあの「ピーーーー」音、総じて何かが起こってるとわかるBGMより派生するざわめきが講堂を埋め尽くす。
未確認の緊急事態、何かの事件、若干の混乱、頭に過ぎるのはこのゲーム目的、学園の目標だった。
この世界、この学園は、細かな設定は忘れたけど、ダンジョン攻略が目的で建てられている。
だから普通の学園生活とは別に、というか学園としての専攻科目として同じ島にあるダンジョンを攻略する必要があった。
当然、この攻略と言うのは、考古学的調査とかじゃなくって、罠とモンスターがひしめく中を切り開くダンジョンを剣と魔法で切り開き、最後のボスを倒してクリアとなるゲーム的なものだ。
だから当然、この世界にはモンスターもいる。
しかもその種類はやたらと多い。
その発生条件や行動パターンも様々で、中には学園内に出現したり、大群で襲ってきたりするイベントもあった。
そんな危険なイベント、入学初日にいきなり起こるかは覚えてないけれど、ありえない話でもなかった。
そこまでわかっていて何もしないのは可愛くない。少なくとも貴族はこう言う時にただ待つだけというものではないだろう。
だけども逃げるのは論外、騒いでも意味はないし、だったらいざという時に戦えるように準備するのがベストだろう。
なのでとりあえず何があるか、何ができるか、前に抱えてるランドセルの蓋を開ける。
初めて見る中身、大半は着替えだった。シャツに靴下、上下の下着、ハンカチ、歯ブラシとか入ってるポーチ、あとは筆記用具入れっぽい箱とか、その全部が真っ赤だった。
全部が同色だと探しにくいけれど、それを踏まえても武器になりそうなものは何も入ってない。
初期装備に武器がるのが普通、槍とか剣とか、弱いのでもナイフとか木の棒とか、だけどない時もあって、今はその時、つまり無いものは無い。
つまり、いざとなったら拳で対処するしかない。
だったらこれだとハンカチを取り出して右の拳に巻きつける。
本で読んだことがある。
バンテージ、ボクサーがやるやつ、こうして巻きつけることで、指の関節がギチギチに堅められ、殴った時に変に曲がるのを抑制できる。怪我の防止にもなるし、ちょっとは攻撃力も上がる。現代日本で培われたリアルな技術、少なくともゲームでの武器装備にはない技術、がこちらの世界でも通じるかは知らないけれど、ないよりはマシだ。
だけどこれでは右拳だけ、残る左拳の分が足りない。
ハンカチは一枚しかないから何か別なものを、シャツだと大きすぎるし、とすると残るのは、パンツだけだった。
……羞恥心で手を抜いて痛い目見るのは可愛くない。
けれどこれで行くのかと軽く巻いて見て、しっくりこなかった。
「あのー」
その時、声は横からした。
見れば私の隣、まだ空いてた席に座ろうとしている人影が一人、見上げれば真四角なトランク持った、綺麗な、すんごい綺麗な女子生徒が私を見ていた。
その姿に、思わず見惚れてしまう。
一言で言い表せばtheエルフだ。
想像上のファンタジーなエルフ的存在を具現化したようなのが、隣に座っていた。髪なんかサラサラでプラチナの絹みたい、整った顔立ちなんかはもう芸術品、長いまつ毛の一本一本までもが輝いて見えた。スタイルもすごくて、私と同じ制服とは思えないほど曲線だった。
その立体的な胸には金色のロザリオ、こちらの世界の宗教『聖女神教会』の証、それを吊るしていると言うことはどうやら聖職者らしい。
そんな、綺麗な人が、曲線美を体現したみたいな白くて長い指で、私のランドセルの中を指さす。
「巻くなら、そっちよりその、靴下を使ったら? 細いし長いし、一組だし」
声まで綺麗なエルフの言葉に一瞬聞き惚れてた私、ハタリと現実に戻って、慌ててパンツをしまう。
「確かに、そっちの方が鼻血は出しやすそうだけどね」
綺麗な声で、歌うように呟かれた一言に、私は思わず目を見開いて、彼女を見てしまう。
彼女も同じ、目と目があって沈黙、破ったのは二人ほぼ同時だった。
……ぷっ。
吹き出して溢れる笑い。
結構シリアスな状況なはずなのに、出てきた言葉が子供が考えるようなことで、実にくだらないことで、それをこんな綺麗な人が口にしてるギャップが私のツボに入って、笑い声を抑えるのが精一杯だった。
それは彼女の方も同じようで、顔を真っ赤に、頬を膨らませて耐えながらも押さえきれなくて、滲み出てくる涙を白い指で拭っていた。
「…… スミルナです。スミルナ・フィグツリー」
一通り笑いが収まると、自然と自己紹介が出た。
「プロアナよ。よろしくね」
これに自己紹介、返してくれた。
私にも友達ができた。
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