入学
青い空に輝く太陽、心地よい潮風、船から降りた世界は素敵なものだけをいっぱい詰め込んだみたいに、本当に夢のような光景が待っていた。
オシャレな船が停泊する港、そこから人の流れに乗っていけばカラフルな布屋根が立ち並ぶ大通り、出店には様々な商品が並んでいて、活気あふれる中、硬いけれど歩きやすい石畳の道を進んで通り抜けて更に奥、ついたのは小高い丘の上、灰色の塀に囲まれた中だった。
見覚えのあるピカピカ銀色鎧の人たちが守る入り口から列に続いて入ると中も灰色一色、灰色の石畳が広がる中に、同じく灰色の石で作られた大きな輪が、まるで墓石のように並んでいた。
大きさは車が余裕で潜れるぐらい。それぞれ表面にはびっちりと細かな文字が刻まれていて、ものによってはひび割れとかで年季が感じられた。
だけどそれより目を引くのは輪の中心、まるでシャボン玉のように、玉虫色に輝く幕が風なのかなんなのか、揺らいでいた。
その内の一つに続く列、誰も彼もがなれた感じで幕の中へと入って行く。
これ、知ってる。
ゲームで何度も利用してきた『ワープゲート』だ。
主要都市や各学校、後は有名なダンジョンの間に作られたショートカット、潜れば一瞬にして目的地へ辿り着ける。正しく魔法、私の中に言葉にできない感動が溢れ出ている一方で、こちらの世界ではごく普通のものらしく、あっという間に私の番が来た。
興奮の緊張、唾を一飲みしてから軽く手を伸ばすと、膜には何の感触もなくて、ただ肌に温度の変化が感じるだけだった。
もう一呼吸、エイヤと踏み越え出てみれば同じく石の輪が並ぶ広場、けれどまた列に従い進めば、ここが小高い丘の上だとわかった。
そして列が進む先、下る道の向こうには木々の間隔だいぶ広い森が広がっていた。
そして更にその先、点にしか見えない人の列の行き着く先には赤い花の先、囲まれた中はもう何度も何度も何度も何度も見てきた、通ってきた、良く知ってる、あの学園があった。
『第四学園リーサ』
薔薇の垣根と黒猫がシンボルの、伝統と教養を旨とする、五つある学校の中で一番優秀な生徒が通う、ランダムに振り分けられる中で、一番の当たり学園だった。
ここに、通う。通える。
喜びと興奮、弾む足取りで森の中の道を進む私、小鳥が囀る同じ道をワイワイガヤガヤ行くのは、見渡す限りほとんどが私と同じ制服姿だった。
原則として女子はスカートで男子はズボンってなってるけれど、昨今の事情でそこら辺は自由、色も最初はランダムなセットだけどお金をかければ好きなように色を変えられる。その上で数多の種族が入り混じる光景は、まさしくファンタジーだ。
今隣を歩いているのは額から一本の角が生えてる女子生徒だ。その向こうにはシルエットは普通だけど肌の色が緑色な男子生徒、正面で目立つ背中は他も人も倍は大きい男子生徒、他にもトロールとか獣人とか、普通な人も初期装備らしく槍とか杖とか持っている人もちらほら見られて、その中を一緒に歩いてるだけでもう冒険に出ている気分だった。
その中で私は、やっぱりこっちでも可愛いらしくて、チラリチラリと視線を感じる。こういうの、日本の時からずっとだけどやっぱりなれない。
こっちでもおんなじかな、なんて思っていたらあっという間に学園正門、中に広がる校舎はどれもが本当に、ゲームのまんまだった。
感動抑え、先輩らしい生徒の誘導に従って奥へ、入ると一際大きな建物、中へと次々に生徒が流れてゆく。
「こちらへ進んでください。生徒手帳を出しておいてください」
同じ制服姿、けれど慣れた雰囲気から先輩だろう。入り口横での誘導、従って入ってみれば、広く作られた玄関ズラリと並ぶ新入生たち、その列の先頭を背伸びして覗いてみればズラリと横に簡素な机が並べられてあった。
その机の向こう側にはいかにもな事務員さん達、書類を挟んで何やら手続きしている。
入学手続き、書類仕事、こういうのはなんだかファンタジーっぽくはないけれど、学校っぽくでこれはこれで味があるなぁ、なんて並んでいたらすぐに私の番になった。
「お名前と生徒手帳を」
「あ、そうね。ちょっと待ってください。えっと、これと、名前は、スミルナ、です。スミルナ=フィグツリー」
機械的な感じの事務員さんへ、答えながら生徒手帳を差し出すと、慣れた手つきでページ開いて、中の顔絵と私を見比べる。それから横に置いてあった水晶にそれをかざすと軽く光った。まるでバーコード読んでるみたいだなと思ったらペッタン、ハンコを押されて返された。
「入学おめでとう。次はあちらに進んでください」
「ありがとうございます」
受け取って言われた通りの方向へ、向かう途中でしまったと思う。
今の私は貴族だ。
そしてこれから先も貴族として生きていく、予定だ。
この先どうなるかなんかわからないけれど今はとにかく貴族なのだ。
だったら言動も貴族っぽくしてなくっちゃいけない。
立ち振る舞いに言葉遣い、エチケットにマナー、一般常識は知ってるつもりだけど、上流階級に通じるかは不安、少なくとも貴族っぽくはなかったと思う。
手帳受け取る時も、優雅に、エレガントに、言葉遣いも考えないといけない。
今みたいなただの「ありがとうございます」では普通、庶民だ。そこはなんか、高慢っぽくない感じで「ご苦労であった」「くるしゅうない」「良きにはからえー」全部違う。
とにかく貴族っぽく、だ。貴族なんだから、偉そうに、胸を張って背筋を伸ばして、堂々と歩こう。
ドン。
矢先、人にぶつかってしまった。
「ちょっと、その、ごめんなすって!」
……貴族、難しい。
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