転生カワイイ紅蓮令嬢vs 最底ギッチョなピーー

負け犬アベンジャー

一年目一学期 入学編

開始

 大きな鏡に写ってるのは、一人の少女だ。


 年齢は十代前半かもう少し上ぐらいだろう。


 鮮やかな赤色の長い髪を背中に流して、客観的に見てもかなり可愛い顔立ち、髪と同じく赤色の瞳を驚きの表情の中で輝やかせている。


 見たことのない少女、だけどどこか見覚えのある少女、何もわからないけど、着ている服は知っている。


 ブレザー、スカート、それに胸で膨らむ大きなリボン、その真ん中には赤い石レアデザインのブローチ、全部真っ赤だけどこの服装は間違いなくあの、五大学園の一つ『リサー学園』の制服だ。


 だったら、とあたりを見回せば、全部が初めてなのに全部知ってる。


 木造の部屋、机にベット、窓から差し込む朝日、軽く揺れてる床に、耳をすませば波の音、全部が全部、知っていた。


 これは最初の最後だ。


『オールランド・アドベンチャー=スクール・エディット・モード』


 剣と魔法の世界、不思議な島『サクセス・アイランド』に建てられた五つの学園が舞台の、いわゆるロールプレイングゲームだ。


 プレイヤーは作中時間で三年間、学園に通い、授業を受けたり、ダンジョンに潜ったり、モンスターと戦いながら成長していって最終的には卒業を目指す。


 卒業したキャラを他のゲームモードで使用できるけれど、そんなのはオマケで、その最大の長所は何を置いてもそのランダム性の高さだ。


 まず登場キャラクターからして毎回違う。一部固定もあるけれど生徒先生、その他モブまでも新しくゲームを始める度に新しい名前とステータスを持って生み出される。


 イベントもランダム、小さなクエストから大規模レイドまで、学校で行われる行事とかもあったりなかったりしてる。


 地形も、島の外周や有名な建物は同じだけれども細かなところが、プレイヤーの個室とかお店だとかダンジョンだとか、モンスターの出現確率だとかアイテムの入手難易度だとか、細かい所まで全部が違う。


 毎回が初めての一期一会、全てがその時専用のもの、その再現性の低さが最大の魅力だった。


 そんなゲームの最初の最後、プレイヤーの分身であるキャラクターを作る場面、名前や外見など自分で決められる部分決めた後にランダムな部分が、出生や家族構成、細かなステータス、初期から覚えてるスキルや魔法なんかが勝手に決められて、全部が終わった最後、そして学校生活最初の場面が、ここ、島まで運んでくれた船の一室、大きな鏡の前からだった。


 ……そんな鏡の前に立っている。


 気付いて驚きの表情、私と同じくほっぺたプニプニつついたりしてる鏡の中の可愛い少女は、私の可愛さを引き継いでいた。


「……ちょっと?」


 漏れ出た声も、私に似て可愛いけれど別人のもの、けれど耳よりはっきり舌触りが何よりの証拠だった。


 つまり、これは、いわゆるひとつの、あの有名な『異世界転生』というやつだった。


 ……あまりのことに言葉が出ない。


 異世界、それもあのオールランド・アドベンチャーのサクセス・アイランドで生活できる。


 しかも胸のリボンは貴族の証、つまり悪役じゃないけれど令嬢が出生のスタートということになる。


 貴族の出生ボーナスは所持金の多さと魔法の素質、あと対人関係もプラスになって、はっきり言って当たりだった。


 これが、新しい私だった。


 異世界、転生、話には聞いていたやつ、その当事者、混乱してるけれど、それでもすべきことはわかってる。


 私は大きく息を吸った。


「ステータスオープン!」


 異世界来たら真っ先に叫ぶべきセリフ、らしい。ましてやここがゲームで、ステータス画面があるならば現れる公算が高い、はずだ。


 ……けど、聞いていたのと違って、何も現れなかった。


 音が響いただけ、現実と、日本と同じような感じで画面は変わらなかった。


 でも確かにゲームではステータス画面あったのに、何が悪いか考えてる、その時だった。


!」


 突如として鳴り響く甲高い音、金属を引っ掻いたような、けれどそこまで耳障りではないような、自然では絶対に発せられない音、次の喧騒、怒鳴り声や物が壊れる音が続く。


 何か、外が騒がしい。


「トゥ!」


 ドッボーン!


 男の掛け声と共に何かか水に落ちる音、それからドタバタ、過ぎ去って静けさ、佇む中で私は気付く。


 ここが異世界、ゲームの世界であっても今は現実だ。だからこうしている間にも時間は流れている。そして時間はいつだって有限だ。だからこんな所で、ステータス出ないからってグズグズなんかしてらんない。


 私は慌てて周囲を見まわし最終確認、私のものらしい赤色の皮の鞄、ランドセルみたいなやつを背負って外へ、出る前に机の上の生徒手帳を忘れるところだった。


 手のひらサイズの黒皮の手帳、身分証明証だけでなくゲームでは色々と使える重要アイテム、開いてみると絵なのに今の私そっくりな正面顔、その下にはガッツリ日本語とアルファベットで名前があって、日本の生徒手帳そのものだった。


 そしてそこに書かれている名前が、私の名前なんだろう。


『スミルナ=Ru=フィグツリー』


 初めて見る名前、けれど意味は知ってる。


 Ruの文字はRubyルビーで、つまり私が貴族、それも貴族としては上から二番目の侯爵マーキスの家のものであることを意味していた。


 そして前後の意味は知ってる。調べた。これはイチジクと表している。


 私はこれまでのキャラクター全員が果物縛りでやってきていて、そのリストの一覧に、この名前も載せていた。


 この名前がランダムなのか無意識でやっちゃったのかは知らないけれど、気に入った。


「スミルナ」


 一度だけ、自分の名前を舌の上で転がしてから、私はこの新しい世界へ一歩を踏み出した。

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