案内
結局あの後、何にもなかった騒ぎは忘れ去られて、入学式はつつがなく進んだ。
「…………少し長くなりましたが、これから三年間、皆が無事に卒業できることを願って、式辞といたします。ご清聴、ありがとうございました」
ひたすらに長く、ひたすらに退屈で、ひたすらに退屈な学園長様のお話、隣で普通に聞き入っているプロアナがいなければ、寝ないまでも生徒手帳を読み漁ってたところだった。
誘惑に負けずに耐え切った私はきっとより可愛くなっていることだろう、なんて思っていたらゾロゾロと移動が始まった。
これから席の区画ごとに学校の施設を見て回るらしい。
もちろん隣の席のプロアナも一緒、二人並んで見て回る。
美的センスはこちらも日本と同じようで、綺麗なプロアナと可愛い私が揃うとどうしても周囲の視線が集まってしまう。けど、プロアナも私と同じようにこういうのには慣れっこみたいで、特に緊張しないで進めた。
最初は、教室棟だった。
横に広い三回建の建物の中、コピペしたみたいに同じ間取りの教室が並んでいる。
中は木製の机と椅子が、黒板と教卓に向かって並んでる光景は少々古臭い感じがするだけで日本の教室と同じような感じだった。
黒板にはチョークが、机のラクガキには鉛筆が使われていて普通だなーと思っていたら、天井の灯りとか、壁にかけてある十二進法の時計とかは全部魔力で動いてるみたいで、そういうところはファンタジーだった。
授業は選択式の単位制、生徒一人一人が目指す将来に向けてしっかり考えてカリキュラムを組みましょう、との説明を受けながら次へと向かう。
学園、思ってたよりも広い。
何やら窓から黒い煙が噴き出ている錬金術棟、外にまで賑やか音が漏れ出ている音楽棟、病院にしか見えない保険棟、普通の運動をする体育館、それとは別に剣術や格闘術専門の道場は日本風だ。生徒会の部屋がある生徒会棟、事務局、先生方の個人研究室が並ぶ教員棟、部活動の拠点となるクラブ寮、図書館なんか三つもあった。
購買部なんかはまんまコンビニで、週刊誌の代わりに教科書が、ATMや電化製品の代わりに武器装備が置いてある以外は品揃えはほとんど一緒、軽食に飲み物、ノートに筆記用具、簡単な着替えに細々とした生活雑貨、レジ横には揚げ鶏や蒸し肉まんみたいなホットスナックまで売っていた。中々の違和感、だけどゲームでも売り買いできたし、今更だった。
更に郊外まで足を伸ばせば、外へ出ればグラウンドやら競技場やら牧場やら研究所やら博物館やら、そしてそこで働く人たちのための衣食住、揃えてあるとのことだった。
ゲームでは、必要な場所を選んで直通だったけど、実際はもっと細かく施設とかあったんだとの驚き、それと同時に移動の大変さに、震える。
広い学園内、移動は当然徒歩、しかも授業毎に限られた時間での教室の移動とか、その間にトイレとか準備とか済ませないとなると、もう絶対に疲れるに決まってる。
今だって、プロアナと一緒にお喋りしながらだから笑ってるけど、もう既に足が軽く痛くなってるぐらいだ。
いい加減どこかで座って休みたいなと思ってると、丁度見学の最後の目的地、食堂前についた。
「それじゃあ案内はここまでねー。最後に言わなきゃいけないことがあるからちょっとだけね」
白塗りでおしゃれな建物の前で案内役を勤めてくれた茶髪なパーマが爆発している女の先輩がそのパーマの中を掻きながら気の抜けた声で続ける。
「えーっとですね。本当は食堂の使い方もやりたいんだけど、今は君らの歓迎会の準備で入れないから、使い方はぶっつけ本番ね」
歓迎会の一言に一同、湧く。
「はいはい。それで明日からいきなり授業だから、最初はお試し、本番は来週ね。受けるだけならどこでも行けるけど、正式な単位欲しければ教科書をってのは先生方がやってくれるか。部活動も一週間後に解禁、こっちもいいね。その他細かいことは学生寮で、あぁっと案内してなかったね。アレねアレ」
ズビズビと先輩が指差した先にはまた大きな建物、古びたホテルを思わせるデザインがあった。
「君らが寝泊まりするとこね。部屋割りとか生活のルールとかは入り口んところの受付でやってくれるから丸投げね。それから、なんかあったかな?」
頭パーマを左右に揺らして思い出そうとする先輩、一呼吸後に「あ」の一言と一緒にパーマも止まる。
「君らもうっすら気がついてるかもしれないけれど、今、この学園内に不届ものがいるってね」
若干、シリアスな口調に空気が少し引き締まる。
「どうやら君らと同じ新入生らしいんだけど、初日に派手にやらかして現在も逃亡中だとか。愉快犯なのかイマイチ動機わかんないんだけどね。武器持ってやばい毒ばら撒いてるらしいね」
ヘラリと先輩、なんか物騒なことを言っている。
「それで先生から、一人で出歩かない、怪しい人を見かけても近寄らない、自分一人でなんとかしようとしない、すぐに先生か事務の人へ伝えるーってことなんだけどーーこれも言っとくね」
先輩、ウインクしながら声をひそめる。
「生きているのが大前提だけど、ひっ捕えてきたら、賞金、出るんだよね」
この一言に静かな歓声を上げるのは少なくなかった。
「その他荒事仕事があれば事務局にクエスト張り出されるから、お小遣い稼ぎにチャレンジしてみたら? でもまぁ怪我しない程度に程々にね。それじゃあこれでおしまい。お疲れ様でした」
「「「「お疲れ様でしたー」」」」
私を筆頭に半分ぐらいが挨拶返すとそのまま解散となった。
足早に離れる人や、集まってお喋り続ける人たち、バラバラになっていく中で私、プロアナへ振り向いた瞬間ブルリときた。
……ちょっと、催した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます