料理
……間に合って、スッキリして、やっと室内、見回せる余裕が産まれた。
ほのかに黄色いタイル張り、シャワー室は質素だった。
バスタブのない、シャワーだけの個室、金属のシャワーヘッド、下側のバルブを撚れば噴き出す水、それもすぐに適温のお湯となって私の体から出た汚いものを全部洗い流す。
世界観というか文明レベルをぶっ壊してる超テクノロジー、多分全部が魔法のおかげだろう。
あんまり長湯してるとプロアナを待たせてしまうとほどほどに、据え置きのバスタオルで体を拭きながら出ると、これから三年間寝起きする私の部屋が一望できた。
質素な間取り、シャワー室の他にはクローゼットもない。
あるのは白いシーツのベットに、その上に置かれてあるタオルとか一式、窓際には据え置きの机と小さな椅子が一組あって、その机の上にはパンフレットだか書類だかの紙束が置かれてあった。
灯りは天井のガラスの固まりから、日本の電灯ぐらいの明るさで部屋を照らしている。触れると冷たく、近づいてよく見ると天井との境目に何やら文様のような文字がグルリ、きっと魔方陣、多分これも魔法なんだろう。
思い返せばここ以外にも教室とかでもこれがあったから、きっとありふれたものだと思うけど、問題はスイッチの類が見当たらない。
この灯りも部屋に入ったら自動でついて、だから切り方がわからない。
ありふれたものならば知ってて当たり前の常識だろうし、それを貴族な私が人に訊くのは、世間知らずっぽくて可愛くはない。
何かいい感じで調べられないかなーと考えながら着てきた服を着直して外へ、ドアを開ける。
「あ」
「おっと」
私の不注意、危うく外歩いてた人とぶつかるところだった。
「ごめんなすって」
だから違うと自分の足を叩いてる私に、相手はお手本のように優雅にお辞儀を返してくれた。
「こちらこそ。失礼しました」
そう答えて静かに立ち去るのは子供、私のヘソぐらいの背丈で黒髪おかっぱ頭、紺色のワンピースに白色のエプロン重ねた、この寮のメイドさんだった。
『ヴァレント』
この学園生活で生徒たちの洗濯や掃除を手伝ってくれるスタッフたち、現代日本の価値観では完全な児童労働だけれども、それを補うように賃金は高いらしい。それに専用の夜間学校や一定期間奉仕した後にこの学園へ生徒として迎え入れてもらえる……なんていったかそういった制度があったとその背を見送りながら思い出す。
少なくとも奴隷として無理矢理働かされてるわけではないので、そういうものなんだろうと私は結論づけてドアを閉めて忘れず鍵をかけた。
ここもファンタジー、部屋の鍵は生徒手帳だった。それもかざすだけのタッチ式、これも魔法で、同じような機能があちこちで使えるらしい。ゲームでは見られなかった細かな設定に静かに感動しながら待ち合わせ場所の食堂の前へと向かった。
外は日が陰り始めたころ、先に来ていたプロアナに「ごめん」と謝りながら中へと入れば、素敵なパーティが待っていた。
入ってすぐに出迎えるのは漢字そのまま『大歓迎』の手書きな立て看板、その周りを風船や花が盛られ、BGMは先輩方の生演奏、天井には色紙の鎖が渡されている。
如何にも学生が準備しましたという飾り付け、その手作り感が私の心を掴む。
あちこちで談笑、盛り上がる中、一番人が多いのは奥の方、ズラリと並ぶ料理の前だった。
一番手前は飲み物類、この世界では児童労働はありでも未成年の飲酒はダメらしく、お茶とジュースばかりだけども、ガラスのボウルに注がれて、そこからお玉で掬ってなんか葉っぱを乗せて渡されるグラスはかなり高めのオシャレだった。お茶の方もお馴染みの紅茶から、様々な効能のハーブティー、珍しいのだとお花を用いた色とりどりのフラワーティーが透明なガラスポットに満たされていた。
そんな飲み物コーナーから先には沢山のご馳走がズラリ、その淵にはお皿とお盆が一体化したプレートが、どうやらそこへ好きな料理を好きなだけ選んで乗せてく、ビッフェ方式のようだった。
ワクワクする気持ちを抑えつつ列に並んでいると次々に素敵なご馳走目白押しだった。
肉料理、魚料理、焼いたの、茹でたの、揚げたの、サラダに、パンに、スープに、パスタ、何かのペーストや、何でか錠剤まで、各料理の前には説明の札が、料理名や食材だけじゃなくて、アレルギーや宗教の問題で食べられるかどうかも書かれてあった。
「これって全部、食堂で出るやつだって」
「つまりは試食会ってこと?」
「みたいだね」
だったら、と私、遠慮なく盛、ろうとして貴族だったと思い出す。
こういうのは少しずつ少しずつ、お上品に見栄え良くやらないといけない。
それで一食分、お肉の焼いたのをとって二人で席へつく。
「頂きます」
久しぶりに食事の前の挨拶、日本じゃ大人になるとほとんどやらなくなるけど、こっちではこの年頃でもやっているようなのでやっておく。
そして一口目、テーブルマナーとか考えすぎてガチガチだったけど、一切れ口に入れて噛んだ瞬間に全部が吹き飛んだ。
すっごい美味しい。
味付け自体はシンプルに塩味だけ、だからお肉の獣臭さとか微塵も消えてないけどそれが返っていい。脂身少ない赤身のお肉は硬いけれどその分噛めば噛むほど美味しい汁が溢れ出して口の中に幸せを満たしていく。
ジビエとかブランド品とか何がいいのかわからない日本の人生だったけど、これは確かにと納得してたらか空になってた。
気がつけば早食い、やらかしてた。
向かいに座るプロアナなんかまだ料理に手もつけてなかった。
「お腹、空いてたんだね」
「もんな」
答えようとしてまだ口の中残ってた。
そんな私にクスクス笑いながらプロアナ、自分の分を差し出してくる。
「こっちも食べて見てよ」
「いえそんな」
「いいのいいの。料理なんていっぱいあるんだし、それよりスミルナ食べてるの見てる方が面白い。あぁそうだお茶もいるよね。とってきてあげるよ。リクエストは、いいや全部持ってくればいいか」
プロアナ、そう言ってお茶を取りに行ってくれた。
私は良い友達に出会えたようだった。
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