第Ⅴ章 夕映えの都〝カダス〟
第33話 遺体のない葬儀
キャラベル船は三本マスト・三角帆の中型帆船で、大航海時代のポルトガルのエンリケ航海王子が乗っていたものと同じタイプの船です。
クナ女(※
私が乗った定期便は全長二十メートル、排水量百トン。乗員五十名に対し乗客が十名でした。乗員よりも乗客のほうが少ないというのは妙な話のようですが、貨物が収入の主体で、乗客を乗せるのはついでなのでしょう。
今世の歴代聖女・夢見姫達が知りうる幻夢境世界は、北・東・西の三大陸と南のオリアブ島に囲まれたセレネル海に臨むもので、キャベラル船は東の大陸から北の大陸を目指しておりました。
海原以外は何も見えない日々が二十日続き、やがて大海の彼方に岩場が見えだし、さらに二日後になって、巨大な灰色の山脈が見えだしました。するとインクアノク出身の乗員・乗客達が甲板に膝をついて祈りだし、やがて三角帆の中型船は、黒っぽい岩肌の玄武岩の内湾にある港湾都市インクアノクに、入港したのでした。水先案内人が乗ったタグボートが私達の船を先導し、倉庫群を背後に控えた埠頭へといざないます。
*
前回の幻夢境探訪していたとき、私の婚約者・大鳥光二郎様が急死なさったので、岐門町に戻るとすぐに、おじい様や夕子叔母様と連れ立って列車に乗り、大鳥家菩提寺のある札幌へと向かいました。
すると意外なことに、クナ女の前校長・内東現子様が喪主の一人をなさっておいででした。
内東前校長の旦那様でいらっしゃる・秀夫様は北海道庁幹部で、開拓使室長という肩書の方でした。
内東ご夫妻と、岐門警察署署長であった大鳥様は札幌の道庁で知り合ったそうで、お三方はアメリカに留学した経験があることや、登山の趣味が共通することから懇意になり、よく三人で登山をするようになったのだとか――。
秀夫氏と大鳥様が遭難なさったのは北海道内にある旭岳でした。
お三人は熟練の登山パーティーでしたが、運悪く、春山の雪崩に巻き込まれて雪中深くに埋もれ遭難したのです。秀夫様と大鳥様は深いところに埋まったらしく行方不明で、ご遺体はたぶん雪解けまで見つからない。不幸中の幸いは、浅いところに埋まっていた、現子様のみが生き残ったことです。
大鳥家と内東家は偶然にも菩提寺も同じでしたので、合同で葬儀を行われ、それぞれの家族・親類縁者・同僚が集まって執り行われることになった次第です。
大鳥光次郎と内藤英夫の二人ともご遺体が見つかっていないためそれぞれ、遺品を骨壺に納め、先祖代々の墓に埋葬することになさったそうです。
*
ところがです――
私達が葬儀場から岐門の家に戻りますと、幻夢境に暮らす母・瞳の使者が来られておりました。――猫系亜人のムル大尉です。
「いやあ、前回はズィンの
母自身ではなくムル大尉を、おじい様のお屋敷にムル大尉を遣わすのには理由があります。
幻夢境で再会した母によると聖女は、生涯に一度しか使えない〝事変〟を使うと、代償として、幻夢境から帰れなくなる。〝事変〟というのは今世に住まう膨大な数万から数十万単位の人を瞬時に、異世界である彼の地へ転移させるという、超弩級術式とのことでした。
早速、封書を開いて読んでみますと、知り合いの交易商が、ダイラスリーン都城に寄港したとき、〝黒いガレー船〟に、手錠で拘束された内藤様と大鳥様らしい日本人男性が乗せられるのを見たという証言があったことを耳にしたとあります。
そういうわけで休暇をとった私は例のごとく、転移の術式を用いて幻夢境のセレファイスの日本人町商工会本館に赴き、そこに詰めていた母がお呼びした交易商の方に詳しく事情を伺いました。
幻夢境の交易商・田中龍之介様は、セレファイスの日本人町にお屋敷を構えていらっしゃいます。田中様は関東大震災前に渡米経験があって、札幌に店を構えており、大鳥や内東が道庁にいらっしゃる、料亭で夕餉の席を設けになり、おもてなしたものだったのだとか。――たまたま仕入れの都合で、東京を訪れた際、関東大震災に巻き込まれたのですが、聖女の一人であった母・瞳によって、十万人の被災者とともに、ここ幻夢境に転移なさったのです。
「黒いガレー船が関わっているとすると、捕囚になった大鳥君と内東さんは鉱山奴隷か神殿の生贄に送られることになる。はっきりしていることは、黒いガレー船は確実に、インクアノクに寄港する」
田中様からお話を伺いました私は、捕囚二人のうち、大鳥様と考えられる方の風貌の特徴から、彼の方だと確信したしました。遭難なさったお二人は雪崩の瞬間、何者かによって、幻夢境に転移させられた可能性がある。ならば婚約者たるもの、お助けしなくてはなりません。
*
母の知り合いの船長さんが、埠頭から宿屋まで私を案内してくださいました。
幻夢境六王国はどこも
「ここが宿だ。――じゃあな、
中に入りますとフロントには、吉田先生と寧音さんが先に来て、待っていらっしゃいました。
寧音さんが駆けだして私に抱きつき、
「姫先生、みずくさいじゃありませんか!」
「今回の件は私の個人的な事ですし、お二人にはご迷惑をかけられません」
「それでもです。僕達は仲間なので……」
吉田先生が照れくさそうに、懐中から煙草をくわえる際にそうおっしゃいました。
翌日――
聖女である私と次期聖女である寧音さんは、この町の大神官様にご挨拶に伺いました。
波打つような低い塀に囲まれた神殿域には、主神をお祀りした本殿と、客神・眷属神をお祀りした大小多数の廟所が建ち並んでおりました。門をくぐり奥へと続く参道沿いにある各廟所の壁はいずれも玄武岩からなる黒色基調で、切り石やレンガを弧状に積み重ねたアーチ〝
やがて、玉葱のようなテラス付きの尖塔の付け根に、本殿礼拝堂が見えて参りました。
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