第34話 インクアノク王国

 長く緩やかに続く石段の踊り場にある楼門が参道を塞いでおりましたので、吉田先生と寧音さん、そして私は足を止めさせられました。

 インクアノクの神殿・本殿境内に入る荘厳な楼門には、かつて岐門町の海岸で、弱っていた猫のムル大尉に襲い掛かろうとした、シャンタク鳥が描かれています。この世界・幻夢境においてのシャンタク鳥は、神族に触れようとする人間に悪夢を見させるという伝承があります。


 私が門番の僧兵さんに、

「聖女・千石片帆が参りました。大神官様へお目通りをお願いいたします」


 門番は二人の僧兵さん達は互いにお顔を見合わせてうなずき、

「大神官様は一か月の殿断食瞑想中です。あなた様がお越しになったら、こうお伝えするようにと、ことづかっております。――神族を見てはならない。神族を見れば、霊峰ハテグ=クラにおける賢者バルザイのように、神界に幽閉されるか、あるいは正気を失うことになる」

「おことづけに感謝いたします。大神官様におかれましてはよしなにお伝えくださいませ」

 

 私がお辞儀をして、きびすを返すと、お下げ髪の寧音さんが、

「つまり居留守ってことじゃない。失礼しちゃう――」

「まあまあ寧音ちゃん、大人の事情ってやつだ。大神官様もいろいろあるんだよ」


 サングラスの吉田先生が煙草をふかしながら、乗馬服を着た年の差婚約者の背に手をやって、そうおっしゃいました。


「それで、おひい先生、これからどうするんです?」

「インクアノク郊外にある鉱山を片端から当たって、大鳥様や内東様が奴隷として使役されていないか確かめとう存じます」


 まずは、インクアノク都城の市門外にある安宿街に赴き、鉱夫達が集まりそうな居酒屋食堂に行って、お話しを聞いてみました。そこは木組み式になった三階建ての宿屋一階にありました。広いわりに天井が低いお店です。


     *


 私達はテーブル席の一つに座り、隣の席にいたドワーフ族三人連れのお客のさん達に、

「最近、黒いガレー船が鉱山奴隷を連れて参りませんでしたか?」

「さあな、だが鉱山奴隷が坑道最深部のヤバイ箇所で、こき使われているって話しを聞いたことがある。だが、都市伝説ってヤツだろう。この国じゃ、奴隷を使っての鉱山採掘はご法度だ。――堅気の鉱山じゃ、まずねえな」

「闇鉱山? それはどちらに?」


 ドワーフ族の皆さんのテーブルに、ウェイトレス女性が、直径五十センチはありましょうか、名物料理のシャンタク鳥の異常に大きな目玉焼きを大皿に盛って、運んできました。


 寧音さんが、

「わあ、香草を入れているのかな、いい匂い。おひい先生、私達もあれと同じものを注文しましょうよ――」


 同じ品を注文した私達も、その素朴なお料理を戴きましたが香りの正体は、素材自体がもつ香ばしさだということが判りました。


     *


 都城近郊にある鉱山は十数か所あり、当局から正式な許可をとった鉱山ばかりでした。片端から監督さんに袖の下を渡し、内部も見せて戴きましたが、それらの鉱山がいずれも、準宝石・縞瑪瑙しまめのう採掘鉱で、切り出したそれらが、径五メートルを超える立方体であること以外、大きな手掛かりはございません。


 十番目に訪れた縞瑪瑙鉱山の鉱夫達は、ドワーフ族が主体で、少数ながら我々の同族サピエンス族やエルフ族が少数混じっておりました。エルフ族は、オリアブ島のンクラネク山の頭部彫像によく似た顔立ちで、耳が長いのが特徴です。


 エルフ族鉱夫の一人に、袖の下をつかませますと、

「灰色の山脈を越えた向こう側、北の辺境に、人外集落があるそうだ。シャンタク鳥を飼っていて、卵はそこから運ばれてくる。奴隷達は人外集落にある闇鉱山に連れて行かれるって噂だぜ」


 その晩、私達三人はその居酒屋のある宿屋に泊まりました。

 翌朝、居酒屋兼宿屋の主人に、

「実は私どもは建築家でして、人数分のヤックルをお借りできないでしょうか? すべての採掘場と、この国にあるすべての縞瑪瑙建築を見分したいのです」


 私が主人に前金を提示して願い出ると、

「三頭は無理だが、二頭ならなんとかお貸しできますよ」


 そういうわけで、私と寧音さんがガタイのいい方に、痩せっぽっちの方に吉田先生が乗り、宿屋を発った次第です。都城から離れると耕作地となり、隊商がつかう交易路は合間を縫って、北方に向かいした。


 灰色山脈に近づいて行くと草原となり、やがて明らかにインクアノクとは異なる建築様式の集落にたどり着きました。


     *


 相変わらず煙草をふかしながら吉田先生が、

「家々の屋根は円蓋ドームで、しかも壁材には高級建材の縞瑪瑙まで使っている。インクアノク都城の民家よりも格段に上等だ。――ここの住民はいったい、何者なのだろうな?」


 容姿端麗で耳が長い……エルフ族の村のようね。――あ、耳が短い人、中くらいの人、とても長い人もいる。神族と人との間で生まれた子孫の血の濃さにバラツキが生じているんだ。すると幻夢境の神々・神族と呼ばれている存在がハイエルフで、ここに暮らす人々はハーフエルフということになるのかな。


 たまたま、道沿いの畑で農作業をなさっていた集落の方に、

「この村に縞瑪瑙鉱山はございませんか?」

「ないな。だが、三十マイレン(約五十キロ)先に、ウルグっていう小さな町がある。縞瑪瑙鉱山ならそこにある」

「ありがとう存じます。ご機嫌よう」

「〝大いなる御方々〟のご加護があらんことを」


 私達のヤックル二頭が村を離れると、

「姫先生、〝大いなる御方々〟って?」

「あの方々の祖先・神族といったところでしょうね。それに旧神や旧支配者といった蕃神ほしがみ、強力な怪異モンスターなんかも〝大いなる御方々〟になりますね」


 同日の夜は、交易路沿いのライガスの木にヤックルを繋いで野宿し、翌日早くに発ちました。それで十時にウルグ村に達し、旅籠の一階にある居酒屋兼食堂で一般鉱夫とおぼしき人に話しをうかがいますと、


「村を出ると道幅が広くて整備された交易路はセラーンの町に向かうんだが、途中に細い枝道があって、そこの先に鉱山が二つばかりある」


 その方にビールを一杯奢ってさしあげてから、私達は昼食をとり、またヤックルに乗って鉱山を目指します。

 悪路の行く手はだんだん荒れ野になり、立木はございませんでしたので、同日の夜は杭を打ってヤックルを繋ぎ、そこでも野宿をすることにいたしました。


 寧音さんが杭を打つ吉田先生に、

「あーあ、路銀もあるんだから、さっきの村のお宿に泊まりたかったな」

「同感だ。でも先を急いでいる」

「判ってるわよ」


 翌日、出立しましたが、一つ目の鉱山では目ぼしい情報は聞きだせずすぐに移動し、二つ目の鉱山にたどりつきました。鉱山の坑道口に飯場と番所とがあり、私達が番所をのぞきこみますと、ハーフエルフの監督とおぼしき、おじいちゃんがいらっしゃいました。

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