第31話 煙草が目にしみる
〝魔法の森〟は、巨大キノコや苔で覆われた菌類の森です。
吉田先生と寧音さんと私からなるパーティーに加え、大鳥さんや岐門衆といった助人の皆さん、そして母と部下の交易商の皆さんを合わせると、十二人になります。夜鬼の皆様方・四体が数十キロを三往復して、私達を船団が停泊している所まで運んでくださいました。
大型菌類による浸食は潮風によって、停泊地は砂地になっていました。そこの入り江に停泊しているのは、大型船ガレオン船三隻と小型船スクーナー五隻で、砂浜には桟橋が架けられていて、物資の移動は、カッターボードで往来していました。
翼を拡げると全幅十メートルにはなりましょう
の背に乗った私達は商船団が旗艦としているガレオン船の甲板で、私達を降ろしました。
洋装の大鳥様が、
「吉田先生、入り江の町屋で、花が咲いているのが見えた。遠目にだけど、たぶん洋紫陽花かな?」
「そういえば、町には風見鶏をつけた三角屋根の時計塔や、十字架のついた教会までありましたね」
海賊の拠点はちょっとした港町になっていたようでしたが、今世の先代聖女にして武装商船団の総司令である母・千石瞳が襲撃したことで、砲弾を浴びた木柵の砦が痛々しく、町屋も崩落し、海賊の家族と思われる住人は〝魔法の森〟に逃げ込んで、潜んでいるようです。
二人のお喋りに夕子叔母様が割り込んで、
「教会? 海賊ふぜいが死後も、天国にいけると思っているのか?」
すると吉田先生は、
「西洋文化では、とにかく懺悔しておけば、どんな罪でも許されると考えているそうじゃないですか。たぶん彼らもそうなのでしょう」
「便利な神様だこと……、それじゃ邪神と変わらない。――ほーっほーほっほっ」
全員がメインデッキにそろったところで、スコールが降ってまいりました。皆、ずぶ濡れです。そういうわけで、旗艦ガレオの士官会議室に、私達は通されました。
キャビンは、船のメインデッキ最後尾に設けられていて、若い士官男性がドアを開けたので、母に続いて後に入ります。
天井には明り取りの大窓と複数のカンテラ、床には大机があり、奥の壁には船長室につながる扉、そして両側壁の裏側には、キャノン砲を並べたフロアがあるといいます。
海賊ではないのだけれども、絵本に出て来る海賊船長のような服を着た母が、
「ここの大部屋はもともと、海図を拡げて航路を描き込んだり、海戦のときに士官達と意見交換したりする場所ですが、貴賓との懇親会にも使われます。――どうぞ皆様、おくつろぎあそばせ」
メインディッシュは肉の燻製や魚料理がメインディッシュとなり、添え物は保存のきく、穀物系である米や麦、南瓜、根菜類が用いられ、青物はありません。食後にはチーズとソフトドリンク、あるいはアルコールが供せられました。――ですがそれは私達・サピエンス族用で、夕子叔母様達・屍鬼の皆様には鳥の血液が、夜鬼の皆様方には鳥の肉が振る舞われたのです。
鳥の血液や鳥の肉というのは、レン大陸で飼育されているシャンタク鳥で、現地で買ったものを生きたまま檻に入れ、運んできたのだとか。
*
大机の隅に片尻を座らせたポニーテールの母が、
「ねえみんな、地神と、
「姉さん、新事実発見かしら? お父様によると地神は地球の今世や夢境におわす神々のこと、蕃神は旧支配者とも呼ばれる、宇宙の彼方からやって来た神々のことだってうかがっているわ」
「魔皇アザートスの孫だと言われているクトゥルフも蕃神の一柱であるのだけれども、蕃神の総称として用いられてもいる。――だから蕃神たちに関わる物語をクトゥルフ神話ともいうわけね」
そこで乗馬服姿の寧音さんが挙手をして、
「瞳様、では昨今、岐門で起きている怪異は魔皇アザートスの仕業ってことでしょうか?」
「うーん、実はね、魔皇アザートスの上にはさらに、旧神ノーディスという存在がいる。あるときアザートスと傘下にいる蕃神達は旧神に反旗を翻したのだけれども、けっきょく敗れ、罰を受けた」
「罰って?」
「辺境宇宙の系外惑星地底に流し、知性を奪ったうえで、封印したのだとか」
「旧神に反逆し、無智となった旧支配者達による反乱? そんなことが――?」
「エジプト古王朝に、ナイアルラトホテップという蕃神について記されている。旧支配者叛乱後、旧神ノーデンスの仕置で、他の全員が知性を剥奪された中、唯一処罰を逃れたんだって」母はグラスを干すと、「ナイアルラトホテップについて、いろいろ言われているけれど、――知性を奪われた神々が悪あがきで作り上げた知的精神体だって説が、私としては一番しっくりくる」と言い終えた後に、「久しぶりにあったんだからさあ、恋バナしようよおっ」
ポニーテールに海賊船長姿の母・瞳は酔いが回ったようです。夕子叔母様も同じ。二人に加えて、家令の山川さん以下・岐門家奉公人の皆様の話題は、母達の少女時代に遡って、盛り上がっていました。
「あっ、そうそう、まだ姉さんにはまだ紹介していなかったわね」夕子叔母様が手をかざして、「宮内省の吉田先生と婚約者で物部神社の寧音さん、そして大鳥秀次朗さん――」
名は体を表すといいますが、母・瞳の特徴は大きな目です。
「ふーん、セレファイスのクラリス女王陛下から聞いたんだけど、大鳥君って片帆の婚約者候補生なんだってね?」焼酎で満たしたワイングラスを片手に、その人が大鳥さんに顔を近づけて、――まったく、お父様・岐門三郎ときたら、候補生なんて回りくどいことなぞなさらずに、ずばり許婚にしてしまえばよかったのに……」
洋装をした大鳥様は胸ポケットのハンケチ(※ハンカチ)を取り出し、苦笑なさりながら、額の汗を拭っておられました。
大鳥様にそれ以上絡むのはおよしになって、母さん。――私が恥ずかしい!
*
夜の潮風にあたって、火照った身体を冷ましていると、いつの間にか大鳥さんがやって来て、マストの柱にドンと片手をつかれます。
「何度でも言うが、片帆さん、僕と結婚して欲しい」
どうしよう大鳥さんのお顔が近づいて、吐息が首筋にかかる。
ドキドキドキ……、駄目、駄目、私、もう白旗をあげたい。
このとき私達二人は気づかぬうちに、酒肴を片手にした皆様方に囲まれているのに気づき、ささっと離れた次第です。――囲んでいたのは、母と部下の船員の皆様、夕子叔母様と岐門家奉公人の皆様、それに夜鬼の皆様達でした。
吉田先生と寧音さんのヒソヒソ話しが聞こえます。
「ねえ兼好、
「寧音ちゃん、それが恋の駆け引きってやつさ」
「ふーん、恋って面倒くさいんだね」
吉田先生が煙草をふかしていらっしゃるのでしょう。かすかに匂いが風に漂ってまいりました。
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