第14話 セレファイスの日本町
「エメラルド色の海、髪を撫でる風、船を追いかけてくるカモメ、――稀に水平線を横切るシャンタク鳥……」
「
「レン人が馬代わりに乗る大型の鳥で、成鳥にもなると
「ドラゴンとワイバーンってどう違うの?」
「私が女学生のときに読んだ図鑑に、両者とも翼がありますがドラゴンは四本脚で、ワイバーンは二本脚と書いてありました」
貨客船の船縁にもたれ黄昏るのは、女学生の
港町ダイラス=リーンまで私たちに同行していた吉田兼好先生は、黒い奴隷船の交易商によって酒場でさらわれた後、ガレリオン艦隊に保護されたようです。同艦隊を指揮していたのは、関東大震災で行方不明となっていた母・瞳らしき人物でした。吉田先生に、発信機代わりにつけた
乗員乗客が男性ばかりが乗り込む一般の交易船には化粧室がありません。ですので、冒険者ギルドに、化粧室のある船を紹介していただきました。
私たち二人が乗船したこの貨客船は二十名の水夫を乗せたダーレス号二十名で、全長四十メートル、排水量二百六十トンからなるスクーナー船でした。――このタイプの船は二本以上のマストを持ち、最後部のマストが最も高いか、もしくは全て同じ高さとなっている帆船で、ちょっとヨットに似ていました。
化粧室ボックスは船尾に近い両舷に配され、便座の孔からは流れる海面をのぞくことができます。男性船員がいるなかで、あまり気分のよいものではありませんが、囲いがないよりはマシです。
*
大陸の内海〝セレネル海〟が外洋に開口したところは南に向かって、両腕で囲ったような形をしています。――ちょうど西にバルカン半島、東にアナトリア半島があり、ボスポラス海峡で、北の黒海と南の地中海とがつながったような図になっております。
西の半島南部にあるダイラス=リーン港を発した、ダーレス号は、途中、外洋に浮かぶオリアブ島のバハルナ港を経由して、東の半島南部にセレファイス港に向かいます。船長によると、
「バハルナに寄港しなければ二昼夜でセレファイスに入港できるが、当便は中継地で一泊するので三昼夜かけて目的地に着く予定なる」
山頂に神々の頭像があるングクラネク山を南に望むバハルナに入港したとき、町に駐在していた
*
「
四日目の朝、水平線の彼方にアラン山の頂がみえてきて、夕刻、ダーレス号は同山南麓にある入り江に入りました。港町である六王国の一つセレファイス王国の同名首都には、ガレー船、ガレオン船、スクーナー船がひしめき、おびただしい数の埠頭の奥には倉庫があり、さらに後背には光り輝く大理石の尖塔群に囲まれた王城が望めました。
スクーナー貨客船が接岸した埠頭で、私たちを出迎えてくださったのは吉田先生とその肩にちょこんと乗った管狐さんでした。
「ダイラス=リーンから飛んできた伝書鳩が、ここの冒険者ギルド支部に君たちを乗せた船のことを教えてくれた。日本町に宿をとっておいた。積もる話はそこでしよう」
日が暮れたセレファイスは不夜城で、運河にはおびただしい街明かりが揺らめいており、吉田先生に続いて、寧音さんと私が、イングアノク王国産の
私たち三人が入った旅籠〝油屋〟は四階建ての寄棟・板塀の楼閣をなし、一階が板張りの食堂となっていました。
この世界におけるお辞儀は一般的に隷属の証しですので、住人は滅多にお辞儀をしません。ですがお給仕の女性はしっかりと会釈なさっています。
案内して下さったお給仕の方が私に、
「吉田様とご一緒ということは、日本から来られたのですね?」
旅籠の食堂は和風で、掘り込み炬燵式のテーブルに、焼き魚やお刺身といった魚貝類をメインにしたお膳が並べられ、手前には箸置きと箸が配されています。
「あのお吉田先生、この町は一体……?」
「
「ええっ!」寧音さんが箸を落とし素っ頓狂な声をあげました。
吉田先生は続けて、
「幻夢境の夢見姫・聖女は何人かいる。日本人にもいるよ。例えば
――管狐さんが
「吉田先生、それで、ガレオネス艦隊五隻で、各地に散っていた日本人奴隷を奪還していたのですね」
「セレファイス王国における聖女瞳は、日本人町の棟梁にして公爵様だ」
「それで母は今どこに?」
「月の怪物・ムーンビーストが不穏な動きをしている。――近く奴らはオリアブ島に降臨すると想定されている」
「母の艦隊は迎撃に?」
吉田先生がうなずき、扇子で冷や汗を浮かべたお顔を扇ぎだしました。
セレファイスの化粧室ではヴィデというものがありますが、幻夢境では一般にお風呂が普及しておりません。ですがここ日本人町にはお風呂があり、旅籠〝油屋〟には甘い香りのする檜湯まであります。
食後は寧音さんと一緒に湯屋で背中を流し、畳のお部屋で枕を並べて休むことができました。
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