第13話 ガレオネス艦隊

 荷馬車列が、市庁舎と同じ中央広場に臨んだ商会本館敷付設倉庫に横づけされるのを見届けた隊商護衛冒険者パーティーのリーダーが、

「それじゃあここで、臨時編成パーティーは解散だ。護衛代金はギルドで受け取ってくれ」

 手形を戴いた私たちはギルドで換金し、倉庫と宿屋のある埠頭のほうへ歩いて行きました。

 すると、向こう岸の港から端艇カッターがやって来て、ここダイラ=スリーン港に接岸すると、手枷てかせをはめられた着物の人たちが降ろされ、ガレー船につけられたタラップを登り、甲板デッキに消えて行くさまが望めます。


 物部寧音もののべ・ねねさんが吉田兼好先生に、

「ねえ、兼好、ガレー船ってなに?」

「帆だけで櫂をつかわない風が主要推進力となる大型船をトールシップといい、帆があっても大人数で櫂を漕ぐことが主要推進力となる船をガレーという。黒い奴隷船は櫂窓列が三段あるだろ。だからあのタイプは三層櫂船ともいうんだ。喫水が浅いから内海とか沿岸での航海に適している」


 黒い奴隷船の交易商たちをつけて市場を行くと、噂好きな露天の旦那衆が、

は、ここダイラス=リーンで紅玉ルビーを売って、川向うにある副港パルグの奴隷市場で、奴隷と黄金を買い込んでいるらしい」

「どんな船でも寄港したら肉や穀物を補給するってもんだ。なのに奴らときたら、何週間も停泊したとしても俺たちから何も買いやしない」

「ケチで薄気味悪い。かかわるだけ厄介そうだ」

 小声ですが憤まんやるかたない様子が伝わってきます。


 さらに寧々さんが吉田先生に、

「黒い奴隷船にはよほど水や食料を積んでいるってことかな?」

「ガレー船は船倉スペースの多くを漕ぎ手に裂くため積載量が少ないから、こまめに寄港地に寄って、水や食料を補給する必要がある。ところが奴らはそれをしないようだ。だから市場の旦那衆にとって奴隷船はお得意様じゃない」

「それにしても酷い匂いね!」

 そこで私・千石片帆せんごく・かたほが、

「洋書を読んでいましたら、ガレー船には化粧室がないと書いてありました」

「つまり船倉は垂れ流しだあっ! 道理で――」

 吉田先生は首をすくめて、やれやれとゼスチャーなさいました。


     *


 私たちは、石屋さんが建ち並んだ通りにある〝ポ=カレト〟という宿に泊まりました。よくある街によくある三階建ての木組建物で、二階に私達のお部屋があり、一階に食堂兼居酒屋があります。

 

「ほお、奴らがいたか――」

 ターバンで角を隠したレン人交易商は三人いました。

 吉田先生は寧音さんと私に、「カウンターで食事をとるように」とおっしゃり、情報収集のため自らは、彼らのいるテーブルに行きました。――その際、三人にエールを奢ることを忘れていません。

 ターバンで目から上を隠していたレン人交易商たちの口角が吊り上がっているのがみえました。よほど強いお酒だったのか、あるいは一服盛られたのかほどなく、吉田先生が突っ伏します。するとレン人たちは吉田先生を担ぎ上げ、お勘定を済ませて店の外へと出て行きます。

 その際、寧音さんが、

おひい先生、兼好がさらわれちゃう。やめさせないと」

「ちょっと待って」

 私は、レン人に背負われた吉田先生が片目を開け、――奴らの罠にかかってみるのも一興だ――とアイコンタクトなさったので、ここはそれに従うことにしました。ですが心配ですので念のため、寧音さんに管狐くだぎつねさんを呼び出してもらい、そっと後をつけさせた次第です。


     *


 管狐さんの耳目から寧音さんを介して黒い奴隷船船内の音声と画像が浮かびあがります。

 半身を起こした吉田先生が立ち上がり見渡している。

 そこは船倉で、奴隷と思われる漕ぎ手たちが三段になった櫂窓列の持ち場に座って、長いオールを漕ぎだす。――どうやら出航した様子です。

 漕ぎ手たちは市場で買われた奴隷ではなく、人間以外の亜人でした。人がたではあるものの半透明で脊椎がない、イカのような軟体動物としか思えない動きをしています。


 レン人たちは吉田先生を縛り上げたわけではなく、先生は比較的自由に船内を散策できている様子です。船倉には格子つきのコンテナが三段ばかり積み上げられており、そこに日本人たちが押し込まれていました。コンテナは三十個、一箱に五人ずついたましたので、百五十人ほどが収容されていることになります。である日本人たちは男女青少年ばかり……。虚ろな目をした彼らでしたが、同胞である吉田先生の姿をみかけると、目で追っていました。


 ここで私に素朴な疑問が浮かびました。――レン人交易商たちは漕ぎ手に、軟体系亜人を使っていて、日本人がいない。ならば日本人奴隷の用途はなんだろう? とても嫌な感じがする。性奴隷? ……いや、おそらくはもっとおぞましいもの。――そう、儀式につかう生贄ではないのか?


 黒い奴隷船は沿岸を航行しているらしく、夜が明けると船縁から岸辺が望めました。吉田先生の視線の先には密林があり、ときどき滅亡文明の王都跡とおぼしき石造建造物をみいだすことができました。


 そこでです。

 轟音とともに複数の水柱が上がりました。砲弾のようです。それは五隻からなる、櫂窓列のないところの四本マスト帆船〈ガレオン〉からなる艦隊から撃たれたものでした。

 ――海賊?

 包囲した帆船から黒い奴隷船に向かって鉤縄が投げ込まれるやそれが、船縁にカチッと食い込み、ロープを伝って斬り込み隊が進入しきます。交戦するレン人たち。

 一回り大きな帆船がガレー船の櫂をへし折って胴体をぶつけると渡し板が駆けられ、後続部隊が乗り込んできて、レン人たちを一気に畳みかける。

 レン人たちは容赦なく斬り殺され、遺体は海に投げ込まれていき、日本人奴隷たちは解放されたのでした。


 甲板にいた吉田先生は抵抗する意思がないことを示すため、両手を上げているとそこに、船長とおぼしきトレンチコートの女性が近寄ってきて、質問しました。

「ほお、君も日本人なんだね?」

 管狐さんの視聴覚情報を共有する私は、

 ――えっ、そんな? お母様?

 寧々さんもこの様子に驚いていました。

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