第12話 港湾都市ダイラス=リーン
「君たちはギルドがよこした護衛の冒険者さんたちだね。貸与する馬は二頭か? ――吉田さん、アンタは馬に乗れないのかい? うぷぷ……」
「馬に乗れなくて悪かったよ!」
「兼好、あとで私が手取り足取り馬術を教えて上げる。――だけど私に密着したら許さないからね、この変態!」
「なら、
「まことに申し訳ありません。私は手がかけられませんので、よろしくなくってよ(※お嬢様言葉翻訳=悪いけど面倒くさいので嫌です)」
私たちはおそろいのアラビア風の衣装をまとい、バンダナを頭に巻いております。荷馬車の積荷の横で三角座りをした吉田先生が聞こえるように、チッと舌打ちなさいました。
隊商は馬車四両と騎兵十二人で構成され、馬に乗れない吉田兼好先生は馬車で詰めていただき、同僚である私・
波打つ赤い屋根の家々が並び立つ玉石敷きの通りから市門を隊伍が抜けると、広大な草原の牧草地のただ中を縦断する未舗装の街道を南下いたします。
荷台の吉田先生が、
「なあ、寧音ちゃん、戦争がない期間の傭兵は糊口として、町場で職工や人夫をする人、田舎で小作を行う人もいるけど大部分の連中はどうすると思う?」
「さあ……」
「けっこうな数の奴が野盗化するそうだ。――平原のただ中にあるウルダールから港町ダイラス=リーンへ向かう道中では、モンスターよりもむしろ盗賊が、積荷の護衛対象になる」
「――ということは、場合によっては人を殺すの?」
「この規模の完全武装した隊商が襲われることは稀だが、覚悟だけはしておいたほうがいいようだ」
隊商の旅程は一週間、鈴を鳴らしながらスカイ河に沿った平坦な街道を行き、河港の宿屋に泊まれるときもあれば、初夏の荒れ地で野宿をすることもありました。――気を付けるべきはやはり野宿で、ギルドから派遣された冒険者の即席パーティーは交替で見張りをし、野盗の襲撃に備えたのです。
それは四日目の真夜中のことでした。
馬を灌木につなぎ、私にもたれかかっていた焚火で暖をとっていた寧音さんが、
「
「見張り当番の吉田先生は? ――あらら、おやすみになっていらっしゃる」
毛布を払った寧音さんが、つかつかと、吉田先生のところに歩み寄ると頭に一撃をお与えになり、
「敵襲だよ、ボケ。起きろ!」
その声に、他の冒険者さんたちが素早く反応しました。皆は跳ね起きて、焚き木に土をかけると、頭を低くして散開し、警戒モードに入ります。――私が弓矢を構え、寧音さんが
護衛仲間のどなたかが、
「新月の夜で、茂みに隠れた敵の数が把握できん」
そこで吉田先生が、何やら術式を唱えだしました。――この人が扱う魔術様式は〝陰陽術〟で、ここ幻夢境では精霊魔法の一種として扱われていますが、どうやら、先日、ウルダールの郊外で実験していた爆音系の術式を発動しているようでした。
人の形に紙を切り抜いた形代が宙に舞い、地面が抉られて深い穴となったかと思うと、
「皆さん、両耳を塞いで――」
閃光が走り爆音が轟き、筒状に掘られた穴から盛大な火花が弧線を描いて、私たちを囲んでいる敵の一角を潰します。
賊が悲鳴を上げ、
「仲間が三人やられた!」「撤収だ――」
寧々さんは管狐さんを放た後の次の手として、護符を手になさっていましたが、対人戦は未経験のためか、すっかり固まってしまった様子です。
冒険者仲間のリーダーが、
「いい仕事するねえ兼好先生、いったいどういう原理なんだね?」
「精霊をつかって地面に穴を穿ち、穴の奥で粉塵を発生させる。この状態だと発火しやすくなる。一方で穴の途中に多数の小礫を置くとどうなるか? 爆発の衝撃で小礫が弾丸となって敵の頭上から降り注ぐことになる。――要は大砲でいうところの
「大砲? 榴弾? 長銃? 散弾?」
「おっと、この世界ではまだ普及してはいないのか?」
――なんだかんだと吉田先生は天才だ、いわゆる〝魔力量〟を最小限に抑えつつ、最大限の広範囲攻撃を実践していたなんて!
まだ固まっている寧音さんが、吉田先生を横目でみやって、
「誰も助けてなんていっていないんだからね……。でもありがと、お礼はいったわよ」
あら、あらら……、さすがは吉田先生が下宿している岐門神社の娘さん・寧音さん、先生の扱いを心得ていらっしゃる。ツンデレ対応のご褒美ですね。
翌朝早く野営地周囲を冒険者仲間が手分けして調べてみると、夏草に転がった賊の遺体三つを見つけました。
馬に乗った冒険者仲間のリーダーが、
「幻夢境の中原と呼ばれているのは主に、セレネル海に臨んだ地域だ。列強の誉れ高いセレネル六王国も、そのあたりに割拠しているってわけだ。ウルダールは内海を形作るゲートの西側にある半島内陸にあり、同じ半島にあるダイラス=リーンは外海に臨んだ港町だ」
スカイ河は、ダイラス=リーンが臨んだ入り江に注がれています。港町に近づいてくると、木立や生垣で庭を囲った尖り屋根の家屋、それから八角形の風車小屋のある集落が見受けられるようになってまいります。
七日目、隊商が目指す地平線の彼方に、渋くくすみ細く角張った玄武岩の塔が林立する、かの港湾都市の町並みがみえてまいります。
*
ダイラス=リーンの港は、同名王国の王都で、中央広場には優美な大理石の噴水があり、港湾には多数の埠頭を備え、倉庫近くにはいかにも胡散臭い感じの酒場が軒を連ねており、六王国の交易商人や水夫たちが出入りしていました。――以前、私たち三人がまいりましたオリアブ島も外海にあって当港に近く、バハルナ港からきた
新たな情報を得ようと店を変えたとき、
「悪い空気が漂ってくる。窓を閉めろ」
それからイングクアノクから来たという黒いガレオン船が、入港したことを報せる鐘が鳴ったのです。
広場で立ち止まって見ていた町の方のお話しによると、
「二本の角をターバンで隠したやたらと口のでかい種族〝レン人〟だ。レンは北の果ての氷の荒野にある高原で、レンの商人たちはそこから来ているって噂だ。奴らは、ルビーを大量に持ち込み、代わりに大人数の奴隷と大量の黄金とを買い付ける。――しかしながら、肉や穀物といった食料を買い付けているのを見たことがない。――得体のしれない連中だ」
黒いガレオン船が入港すると、近くの港町パルグからきたという三本マストのジーペック船が待ち受けており、問題の荷を互いの船に載せ、交換しだしたのです。
船から渡し板が降ろされ、二本角の交易商たちが下船して宝石市場に向かったとき吉田先生は、
「――なんだあれ、奴隷船に日本人が乗せられているじゃないか!」
スミス・アンド・ウェストンを収めたガン・ポシェットに手をやろうとする先生の腕をつかんだ私が、
「もう少し様子をみませんか?」
軽口ばかりおっしゃる先生が、歯ぎしりをして悔しがる様は見たことがなく、普段ならマウントをとっている寧音さんが怯えて、そそと私の背中に回りこんで隠れ、震えていらした。
黒いガレー船とダイラスリーン港:挿絵
https://kakuyomu.jp/users/IZUMI777/news/16818093089413520920
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