第12話
九玖は、書斎の広い机に目を向ける。
そこには古びた書類が山のように積み重なっていた。
無造作に置かれたそれらは、薄く埃をかぶり、まるで長い間手付かずで放置されていたかのように見えた。
「これは、なんだ…親父の…研究していたものか?」
書類には沢山の文字の羅列が描かれていた。
妖術に関する記述は無論、妖と人間の融合に関する論文、〈醜閣〉と言う存在の解説書など、様々な書類があった。
そして。
その中に一冊の古びた日誌が見えた。
表紙はひび割れた革で覆われており、ところどころ傷がついているが、彼が感じたのはその古さだけではなかった。
何か特別な想いが込められているように思えた。
彼は日誌を手に取り、埃を払い落としてから、確認する。
「…親父の研究記録か?…名前は、〈人妖生命体、」
日誌の名を目にして、動きが止まる。
そしてゆっくりと、彼はその日誌に記させたタイトルを口にした。
「…
それは自分に関しての事だった。
人妖と言う存在がなんであるのかは分からない。
だが、自分が人とは違う、得体の知れない力を持つ事は理解していた。
自分が何者であるのか、なんの為に存在しているのか。
(この、日誌を見れば…俺が何なのか、分かるのか?)
九玖は立ち尽くすかのようにして、日誌のページをめくることをためらった。
頭の中に映る父の姿が、いつもとは違い、どこか狂気じみた笑みを浮かべていた記憶と重なっていた。
彼はその笑い声が耳元で響くように感じ、心の中に不安が広がる。
(見たら…俺は、どうなる?)
彼は目を閉じて、自身に問いかける。
その悪逆非道な記録を見てしまったら、彼の世界がどのように変わってしまうのか。
今まで心の奥に押し込めていた感情が、再び浮上してきた。
怒り、悲しみ、そして恐怖。
彼の思考は矛盾に満ち、心の中で葛藤が繰り広げられる。
「…親父、なんで、俺なんかを、生んだんだ…ッ」
そして、次第に知らぬ間に彼の手が動くのを止めていた。
指先が日誌から離れ、小さく振り回されたように手が引っ込む。
彼はそのま後ずさりし、暗い部屋に背を向けていく。
目の前にあるものを受け入れられない思いが渦巻く中、彼はあえてその場を去る道を選んだ。
「…なんだろうが、関係無い、俺の目的を遂げる、それだけを、考えろ」
研究室の扉が静かに閉まる。
その瞬間、九玖は自分が背負っていた運命の重さを再認識する。
彼の父の影から逃れることはできないが、今はその真実に立ち向かう準備ができていないことを自覚していた。
背後に残された過去の重圧を感じながら、彼は一歩一歩、足音を響かせることなく、その場を離れた。
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