第10話

彼女は慎重に、九玖の言葉に耳を傾ける。


「なあ?あんたは本来、やっちゃいけないことをしとるんや」


と、彼女は眉をひそめて言った。

声には彼女の厳しさがにじみ出ている。

が、同時に彼女の中に秘める優しさが感じられた。

九玖は冷静に答える。


「俺が…?、なんでだよ」


彼の声は感情を感じさせない。

ただ、不思議そうに、彼女に聞いていた。

瑠璃玻はため息をつきながら言う。


「妖術師、それがうちの職業なんやけど、あんたも同じようなもんや」


彼女の声が響くたびに、周囲の静寂が一層深まっていく。


「そんで、こっちのルールやと、妖術師として登録されてないもんが妖術を使用したら、違法行為として裁かれる存在として認定さらるんよ」


瑠璃玻の目は真剣さを増し、彼女の意志がその言葉に込められている。

九玖は一瞬目を細めていた、彼女の言葉に反論するのかと思ったが。


「そうなのか…なら、俺はルールを違反した存在、と言うことか?」


案外、素直に話を聞き入れた。

これを拍車として、彼女は話を続ける。


「しかし、安心しいや、うちの実家は太いんどす、せやから、うちが口添えして、あんたを助けて…」


と、其処まで言った時だった。

彼女の言葉を遮って、百鬼九玖は首を左右に振って言った。


「いや、そこまでする必要はない」


九玖は静かに拒絶する。

急に出鼻を挫かれた思いだった。


「はえ?」


彼女は驚き、目を大きく見開く。


「俺はルールを犯した、なら、裁かれるべきだ」


彼の言葉は冷たい石のように硬く。

瑠璃玻の心に一層の鉛のような重みを感じさせる。


「な、なにを言うてんの?せやからウチがたすけるゆうて」


瑠璃玻は焦りを隠せずに言った。

彼女の目には不安が宿っている。


「いいんだ、そもそも、俺はこの迷宮を攻略したら、その後はどうでもいいんだ」


九玖は淡々と話す。

彼の視線は迷宮の奥深くを見据えていた。

過去を背負う影がちらり見えた。


「どうでもいいって…」


瑠璃玻の口から漏れた言葉は、彼女の心の中の葛藤が反映されたものだった。


「この迷宮は親父が遺したものだ、何を考えてんのか、門を放置したら、妖が出てきやがる」


九玖は静かだが、どこか力強く言った。

瑠璃玻は身を乗り出すように言い返す。


「そ、その為に、それだけの為に、迷宮に潜ってたん?」


と尋ねる。

彼は、彼女の方に顔を向けると、冷ややかな表情で言った。


「それ以外に何があるんだ?」


九玖の答えは鋭く、瑠璃玻は彼の真意を読み取れないもどかしさを感じていた。


(話、深掘りしても、無理そうや…折角の逸材、勿体無い、けど、うちやってタダで来たわけやない…せめて成果は得らんとならんのや)


だから。

瑠璃玻は九玖に言う。


「…なら、なら、この迷宮のお宝、ウチが貰ってもええ?」


「お宝?」


首を傾げながら、九玖は聞き返した。


「〈醜閣〉の最下層には妖気を宿す道具があるんよ、怨念を抱き、呪いと化した末に、永い年月を掛けて、妖力を得た道具があるんや」


瑠璃玻は情熱的に語った。


「この迷宮が終わったら、もうどうでもええんやろ?なら、それだけでもうちにちょうだいや」


彼女の声には少しの期待がこもる。

九玖にとっては別段、どうでも良い話だった。

だから、九玖は二つ返事で了承する。


「別に構わない」


九玖は無表情で応じる。

心の内で、瑠璃玻はやった、と思っていた。


(でも、それだけじゃ足りん、この子も連れてかな、うちには必要なものやし)


されど、九玖の事を諦めずに、そう瑠璃玻は言うのだった。

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