第9話


薄暗い迷宮の一角。

彼女の表情には疑念と興味が交錯しており、口元が少しだけ引き結ばれている。

九玖は冷静に立ち、淡々とした態度で彼女を見返している。


「俺はただの管理者だ、この迷宮は、親父が俺に遺した遺産だ」


九玖の言葉はまるで冷たい風のように瑠璃玻の心を吹き抜ける。

その語り口は飾り気がなく、真実を語る一方で、彼女の興味をさらに掻き立てる。


「遺産?と言うことは、あんた、妖術師なん?証明出来るもん、もっとるん?」


瑠璃玻の声は高まり、彼女の目は訝しさを増し、懐疑が膨らんでいる。

その問いかけには、思わず首を傾げていた。


「よう、じゅつ?…なんだよそれ、俺は知らないぞ」


九玖は眉をひそめ、少し戸惑いながら言葉を返す。

彼の冷静な反応とは裏腹に、瑠璃玻の視線の中にある疑念を感じ取り、戸惑う彼の表情がほんのわずかに変わる。


「はあ?じゃあ、なん、あんたの妖術、それ使っておいて、何も知らんは通らんよ?」


瑠璃玻は手を腰に当て、怒りのように詰め寄る。

その動作や表情に、彼女の強い意志が表れ、一層気迫が増している。

九玖の無関心さに苛立つ彼女の心は、さらに揺さぶられた。


「俺の異能の事か?…これは、妖術って言うのか?」


冷静さを保とうとする九玖だが、瑠璃玻の勢いに少しだけ引き気味になる。

彼の口調には少しの混乱が垣間見え、その内面の葛藤が顔に出ることは少ない。


「何や、その疑問形は…」


瑠璃玻は口を尖らせて抗議する。

彼女の感情はメキメキとした音を立てるように高まっていく。

九玖からの曖昧な返答に不安を感じ、自分の求めている明瞭な答えが得られないことに、さらに苛立ちを覚える。


「…俺が知ってるのは、この迷宮と、俺の能力の事だけだ、それ以外は、親父からは何も聞かされなかった」


九玖の言葉は静かで、それが真実であることを彼自身も理解している。

瑠璃玻は彼の言葉の重みに耳を傾けるが、同時に自分の心の中の疑念もさらに増幅される。

彼の無知に対する疑問が頭をもたげた。


「…じゃあ、あんたが妖術師だって事も分からへん、って事なん?」


瑠璃玻は思わず目を大きく開く。

その表情には驚きと共に、彼の不自然さへの疑念が込められている。


「…そうなるな」


九玖の返答は短く、冷静だが少しだけ寂しさを感じさせる。

その一言が、彼の心の中に秘められた孤独と苦悩を表しているかのように思えた。


(そんな事、ありえるんか?…いやでも、辺境の地やと、妖術師って呼び方も違うって聞くし、…この子が言うとる事が本当なら…凄い才能の持ち主や)


瑠璃玻の頭の中では考察が巡る。

彼女の感情は熱く、疑念が交錯しながらも、求める真実が彼女を刺激する。


(肉体に〈門〉を宿し、大妖級が出る〈醜閣〉で一人、攻略し続けた…中々出来るもんやない)


瑠璃玻はその特殊な才能に魅了されながら、どこか安心感を抱く。


(端的に言って…無知なこの子にいらん事を吹かしてうちの手駒にしたいわぁ…)


瑠璃玻は冷静さを崩さずに、九玖の未知なる才能を見極めていた。

彼女の心の内には、彼に対する思惑が確かに存在している。

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