第7話


薄暗い階段を慎重に足を進める。

冷たい石の感触が波打ち、焦燥感を煽る。

降り続けるほどに、湿った空気が彼女の肺に重くのしかかり、毎回の息が乱れる。

迷宮の広がりが視界に入ると、彼女はその奥深くへ踏み込む。


(妖気、濃いわぁ…少なくとも、大妖級の妖が出るんちゃうか?)


不安に胸が締め付けられながらも、彼女の意志は揺るがない。

男子生徒の姿を探し、目を細める。


(慎重に進まな…隠密の妖術は、妖には効かへんからな)


集中して進む彼女の背後から、物凄い音が響く。

振り返る暇もなく、鋭い爪が光を反射しながら迫ってくる。

大鬼の姿は巨大で、怒りに満ちた目が彼女を捉えている。

その唸り声とともに、彼女はまるで獲物のように追い詰められていく。


「くッ、思うた傍からこれかいッ!!」


彼女は瞬時に冷静さを取り戻し、懐から扇を取り出す。


(大鬼ッ、サイズと妖気から察して、〈準・大妖級〉と言った感じッ、うちでも倒せるか…ッ)


その動作は流れるように素早く、扇がふわりと開く。

模様が広がり、光が彼女の決意を照らし出す。

彼女は構え、力強い眼差しを向ける。

周囲に満ちる緊張感の中、扇が闇を切り裂く準備が整った。


「〈風啼き〉〈辻斬り〉〈一刀切断〉―――〈構ヱ、」


しかし、詠唱が間に合わない。

大鬼の爪が空を切り、扇を弾き飛ばす。


「きゃ、ッ」


突然の衝撃に彼女はバランスを崩し、壁へ叩きつけられる。

硬い石の感触が衝撃となって背中を襲い、痛みが全身に走る。

視界が揺らぎ、意識が朦朧としていく中で、冷たい汗が額を伝う。


(あ、かん…あかん、身体、動かさな、ころ、殺され…)


壁に押し付けられた彼女の目には、大鬼の巨体がゆっくりと近づく様子が映る。

冷酷な目が彼女をじっと見つめ、その存在がどんどん迫ってくる。


「ぐ、らぁ…呀呀呀ッ!!」


心臓が高鳴る。

恐怖が体中を駆け抜ける不安定な意識の中で、彼女は心の奥底に叫びを抱える。


(あかん、死ぬッ、いや、死にとうないッ!!)


まさにその瞬間、大鬼の姿が突如として消え去った。

周囲の空気が一瞬で変わり、何もなかったかのように静寂が訪れる。


「…ぇ」


闇の中から、泥のように粘り気のある黒色の獣が現れる。


「ぐちゃ…ぐつあ…」


目を見開く彼女の前で、その獣は大鬼を飲み込み、嘆くように息を吐く。


「ぐはぁ」


獣の口からは不気味な粘液が流れ出す。

地面に這う泥は、やがて、暗闇の先から歩いて来る一人の男子生徒と繋がっていた。

彼女の心の中には、その異能の重みがずっしりと圧し掛かってくる。


「…あ」


頭の鈍痛が彼女を苛む中、かすかに男子生徒の姿を確認する。

意識がかすみ、何気ない問いかけが彼女の口からこぼれそうに。


「あんた、なにもの、や…」


意識を失う寸前に出た、正体を聞く言葉。

その問いに対して、男子生徒は口を開くと彼女に伝えた。


百鬼なきり九玖つくも


その問いに、彼女は目を細めた。


(名前を聞いたんやない、…)


その様に心の内で呟きながら、朱雀院瑠璃玻は気絶してしまった。

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