あぁ、幸せ

 時間内になんとか地下ダンジョンクエストを攻略完了。これで地下都市第2層ブレイザブリクへ到達した。しかし、問題はここからなのだが昼休みが終わった。



「時間切れです、先輩」

「ありがとう。とても楽しかったよ」


 先輩はずっと集中してゲームをプレイしていた。俺は操作方法やアイテムの使い方、スキルのコツなどいろいろ教えた。

 昨日に比べたら、かなり上達したな。

 もしかしたら、先輩はゲームの才能あるかも。

 これなら対人戦PvPもイケるかもしれない。



「では教室へ戻りましょうか」

「そうだね。また放課後ね」



 しかし、雪先輩は立ち上がるものの動こうとしなかった。



「……?」

「……あはは。ごめん、足しびれちゃって」


「なるほど。そういうことでしたか」



 ならば俺は先輩のそばにいよう。授業をサボることになろうとも、構わない。ひとりこんな場所に置いていけないからな。


 再び腰を下ろす。先輩もゆっくりと俺の隣へ。本当に辛そうだな。

 ずっと同じ姿勢だったし、無理もないか。次回は座布団を持参しようかな。



「いつも付き合ってくれてありがと」

「いいんです。俺はゲームをしに学校へ来ているようなものですからね」

「凄いこと言うね、誉くん。でも、分かるな」


「分かるんですか?」


「だって授業なんて退屈じゃん。わたし、頭そんなよくないし、卒業してもニートかなーって」



 無職の道へ行くだろうと雪先輩は冗談のように笑う。なら俺が養えばいい話……なんてな。いやだけど、先輩がもし彼女になってくれるなら俺は喜んで銀行ATMになろう。財布のヒモなんて緩々だぜっ。


 ――けど、先輩は元アイドル。


 アイドル時代に稼いだ金くらい、たんまりあるんだろうな。だから、卒業しても就職する気はないと言いたいのだろう。俺はそう察した。



「今の時代、配信者とかもいいですよね」

「あー! それいいよね。ヨーチューブで人気配信者いるよね。あと動画投稿者も」

「ゲーム実況で稼いでいる人もいますからね」


「そういえば、たまに見たことあったんだけど配信ランキング一位の人が『ジュリアス』だったような……。って、あれ」



 どうやら雪先輩は気づいたようだな。別に内緒にするつもりはなかったんだけど、ついに話す時がきたようだな。



「それ、俺です」

「え!? やっぱり、誉くんだったんだ。すご……!」


「それほどでもないですよ~」


「だって、いつも視聴者五万人とかいるよね。スパチャも凄いし」

「いえいえ。俺の取柄なんてゲームだけですから」



 Wizardウィザード Onlineオンラインのおかげで人生が変わってといっても過言ではない。というか、元カノが教えてくれなければ今の環境はなかっただろう。


 少し前まで付き合っていた彼女がドハマりしていた。ゲームのことをいろいろ教えてもらい、興味を持った。

 しかし、元カノは“ゲーム内”で複数の男と出会っていたんだ。まるでマッチングアプリのごとく出会い――そして、俺は彼女を寝取られた……。


 それが一年前だった。


 発覚後、俺は捨てられ……ゲームのやる気が一気にダウンした。けど、俺の居場所は『WO』になっていた。今さら辞めることもできなかった。レアアイテムももったいなかったしな。それに、ギルマスや古松がうるさかったし。


 で、渋々戻って俺はソロプレイヤーになっていた。配信をすると一気に人気になった。そして今は雪先輩と出会った。



「誉くんは凄いよ」

「そうですかね。ゲームではあまり誇れないですか」

「そうかな。今は時代が変わったし、ヨーチューバーとかもいるし、関係ないよ。それにきちんと稼いでいるならいいと思う」


 言われてみれば、俺は金はだけはあった。サラリーマンの年収も余裕で超えているし、就職に悩む必要も正直なかった。



「先輩も一緒にWOで稼ぎますか?」

「いいね! だって、WOってリアルマネートレードできるんでしょ?」


「ええ。それプラス配信でかなり稼げますよ」

「面白そうじゃん! ゲームで稼いで毎日楽しもうよ」


「俺、先輩と一緒にパーティ組んで遊びたいです」


「分かった。わたしに任せて」

「え、ええ」



 この時の俺は、先輩がなぜ“任せて”と言ったのか分からなかった。どういうことだろうか。ノートパソコンでも買うのかな。

 そうすれば二人でいつでもプレイはできるけど。


 不思議に感じているとチャイムが鳴った。あー…授業がはじまった。



「間に合わなかったね」

「サボりますか」


「うん。いったんゲームは後にしてお話でもしよっか」

「名案ですね。俺、先輩のアイドル時代のこと聞きたいです。……って、最近のことですけど」


「いいよ。知っていると思うけど、わたしは『ウィンターダフネ』というグループに所属していたんだよね」



 もちろん存じている。日本最強アイドルグループ『ウィンターダフネ』。一時期はバラエティ番組、映画、ドラマに出演し、音楽ランキングも一位を独占していたこともあった。SNSのトレンドも毎日のように埋め尽くし、ライブすらもチケットの争奪戦。

 あまりの熱狂ぶりに、ライブチケットは転売価格五十万円をつけた。とんでもない人気っぷりだった。

 俺は先輩にしか興味なかったけど、他のコも可愛かったなぁ。



「先輩の活躍凄かったですよね。他にも天音って可愛らしい女の子は覚えています」

「あ~、まなちゃんね。わたしと同じでアイドル辞めちゃって行方不明だけどね」



 それは知らなかったな。どうやら、世間の知らない裏側ではいろいろあったようだな。


「あの、先輩はどうしてアイドルを辞めちゃったんですか……? ああ、もし言いにくいことでしたらスルーで」



 表向きは『アメリカ留学』による電撃引退。

 けれど先輩はそうしなかった。

 この高校に残っていたんだ。

 だから俺は気になった。今の関係値なら聞けると思った。



「実を言うと注目されるのあんまり得意じゃなくて」

「マジっすか。意外ですね」


「映画とかドラマの演技もヘタとか叩かれたし~…。結構ショックだった」

「まさかエゴサしちゃったんですか……」

「うん。向いてなかったんだと思う」


 そうなのかなぁ。アイドルの時の雪先輩はとても輝いて見えたものだけどな。そんな風に思い悩んでいたとは。


「でも、それだけで辞めちゃうなんてモッタイナイですよ」

「もちろん、それだけではないんだけどね。自由になりたかったのはある」

「それが一番の理由なんですね」

「そう。それに伝説のまま終わった方がカッコいいでしょ~」


 一理ある。ファンにとっては絶望的に残念だが、全盛期でアイドルを辞めるとか最高にクールではないだろうか。

 俺はこうして雪先輩と会う機会があるから、そんなに悲しくもない。とはいえ、もう少しアイドルの白里 雪も見てみたかった気もするけど。



「理由がやっと分かりました」

「これ、誉くんにしか話してないからね。どこにも載ってない情報だよ」

「おぉ、なんだかイケナイ気持ちになってます俺」

「秘密の共有だね」

「ええ、嬉しいです」


 雪先輩は、自然とだろうか俺の左肩に身を寄せてきた。先輩の小さな頭が乗っかってきて、俺はドキドキした。

 甘くて……良い匂いがする。


 緊張で喋れなくなった俺。なにかここで一発ギャグでも――いや、ダメだ。雰囲気が壊れるだろうが俺よ。


 なにも考えられないので……大人しくすることにした。



 あぁ……幸せ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る