ゲーム生活のはじまり

 昼が終わり、授業が始まる。

 非常に名残惜しいが、雪先輩と別れた。

 教室へ戻ると地獄の憎悪が向けられた。……これはマズいな。居心地が最悪すぎる。しかし、俺は知らないフリをした。


 いちいちコイツ等に構っていたら精神がもたん。

 ので、俺は自分の席へ座り雪先輩のことだけを考えた。おかげで平常心を保てることができた。


 そして、ようやく放課後。

 股間を破壊されて新人類となった古松が俺の前に現れた。血の涙を流して。



「誉ぇ! ワタシのタ●タマ返しなさいよォ!」



 なんでオネェ口調なんだよ気色悪いッ!

 しかし、古松をこんな風に変えてしまった俺の責任も数ミリくらいはある。



「すまん、古松。また会う日まで」



 俺は席を立つ。しかし、古松は俺の肩を掴んだ。……むぅ。



「待ちなァ、誉ぇ。また雪先輩のところへ向かう気かァ……!」

「今度は強面のおっさん口調で怖いってーの。てか、顔ちけぇ!」


 続いてクラスの男共が俺を取り囲んだ。やべッ! 包囲された、だと……!

 このままでは俺は異端審問の餌食に!? そんな馬鹿な。俺なんて陰キャが裁かれて、コイツ等になんの得が――あるのか。


 逃げてやる。絶対にこの場を逃げてやる!


 そして、無事に生きて雪先輩と再会してみせるッ。それが今の俺の生きる意味なのだから――!



「てめぇら、全員決死の覚悟で掛かってこい!」



 俺(劇画顔)がそう叫ぶと男子共はわずかに怯えた。



「誉の分際で!」「くっ……なんて迫力だ」「これが吉田の本気か……」「それでも、それれでもォ!!」「なら、ぶっ潰してやる!」「みんな負けるんじゃない。誉を今日こそ魔王サタンの元へ!」「火あぶりの刑じゃー!!」



 だが、相手は十人を超える精鋭部隊(多分)。多勢に無勢で不利すぎた。いかんな、このままでは俺がボコボコにされる。しばらく入院生活とかシャレにならんぞ!


 そんな戦場の渦中、女神が降臨した。



「ちょっとやめなよ! 吉田くんが困ってるじゃん」



 彼女は同じクラスの女子で『能城のしろ』さんだ。なぜ俺を助けてくれたんだろう。



「……そ、それは……」「吉田が雪先輩を独占してるから……」「なあ?」「どうする?」「てか、今度は能城さんかよ。ずりぃ」「誉の野郎、どんだけ女子を独り占めするんだ」「本当に許せねえよ」「今日のところはカンベンしてやる!!」「くそがあああ!」



 男共は分が悪くなったようで解散した。

 おぉ、なぜだ? 不思議なこともあるものだ。能城さんのおかげとはいえ、彼女にそんな力があったとはな。


「ありがとう、能城さん」

「いいの。誉くん、なんか最近は困っているみたいだったし」

「やっぱり、そう見えるよな」

「うん。また困ったことがあったら言ってね!」


 めちゃくちゃイイコじゃん。

 能城さんがこんないい人だとは思いもしなかった。というか、初めて喋った。



 能城のしろ まり。確か、漫画が好きで自身も漫画を描いているとか、そんな話が聞こえたことがあった。

 小さくて明るくて可愛いんだよなぁ。

 そんな能城さんが俺を助けてくれた意味とは……なんだろうか。


 よく分からないが、今日のところはありがたく教室を脱出させてもらう。



 ▲▽



 メッセージアプリ『ライン』に雪先輩から連絡が入っていた。



 雪先輩:今、校門前にいるからね~



 もちろん俺は真っ直ぐ向かう。

 誰にも邪魔されず、快適に進む。あと少しで会える……!



 昇降口で靴を履き替え、俺はBダッシュ。つまり、通常よりも早い移動速度だ。

 モモの鉄でリニアカードを使った気分だぜッ。


 高速移動で校門前に到着した俺。



「お待たせしました、雪先輩」

「うん、一緒に帰ろう」

「はい。ではさっそく俺の家へ。WOの続きをやりましょう」

「早く慣れたいなぁ~」

「大丈夫ですよ、先輩なら。ゲームのセンスありますって」

「そうかな? わたし、MMORPGはこれが初めてだからね」

「ほぉ~、そうでしたか。でも安心してください。この俺が手取り腰取り教えますから」

「腰とり?」



 ――――どぅぁああああ!!


 俺ってばウッカリ“腰”なんて言ってしまった。それでヘンタイではないか!


 いかんいかん。欲望がにじみ出てしまった。雪先輩が可愛すぎるから!



「ほ、ほら。ゲームすると腰を痛めやすいじゃないですか! おススメのゲーミングチェアも教えようかなと」



 なんとが誤魔化した!

 ……さて、先輩の反応は?


「そっかー!」


 よかった……納得してくれた。危うく嫌われてしまうところだった。その昔、太古のオンラインゲームでは『下半身直結』などという、トンでもネットスラングが存在したらしい。

 簡単に言えば出会いを求めて必死なヤツのことだ。いわゆる“しょうがないにゃあ”的なものである――。


 断じて俺はその類ではない!

 俺は純粋に雪先輩とゲームがしたいだけなのだ。



 そんな思いを胸に自宅を目指す。



 何事もなく家に帰ることができた。道中振り向かれることが多いが、まさか元アイドルの白里 雪だとは思うまい。

 しかも男と一緒に歩いているとか普通は思わん。

 今まで彼氏がいたとか、そういうウワサもなかったからな。



「どうぞ、先輩」

「お邪魔します」



 異世界転生カフェは経営中なので、もちろん裏口から入る。

 玄関で靴を脱ぎ、そのまま階段を上がる。俺の部屋へ。

 カバンを適当に放り投げ、雪先輩をゲーミングチェアへ座らせた。それから俺はゲーミングPCを起動。

 一瞬でデスクトップへ。


 WizardウィザードOnlineオンラインを起動するとアップデートがあった。



「ああ、そうか。今日はアプデの日でした」

「そうなの?」

「はい。水曜日は定期メンテナンスがあるんですよ。今日は小規模アップデートのようですね」



【20XX年6月4日】

【定期メンテナンス完了のお知らせ】


 ▲実施時間:14:00~15:00

 ▼小規模アップデートを実施いたしました


 ・一部モンスターの経験値を調整しました

 ・ドロップアイテムの不具合を修正

 ・妖呪術師ソーサラー専用スキル[魑魅魍魎ちみもうりょう]のバランス調整を行いました


 ・ネクロマンサー専用クエストを追加しました

  地下都市第7層『ヘルヘイム』のNPC[ヘル]にて受注可能


 ・グリンブルスティサーバーの不具合を修正しました


【以上】



「へえ、よく分からないけど色々追加されるんだね」

「そうなですよ、雪先輩。WOは、運営がしっかりしていまして昔からアップデートの頻度は高いんです。だから未だに根強い人気があるんでしょうね」


 その昔はかなりヤバい運営だったが、途中で改革が起こり神運営となった。

 そりゃそうだよな。不具合をあれだけ起こせばユーザーも激減する。一時期はログアウトボタンが消えたり、酷い有様だった。あの時はデスゲームのような世界観に変貌していたからな。失望する人も多かった。


 しかし、運営が変わってから一気にプレイしやすくなった。課金もそれほど推奨されているわけではないし、無課金でも十分に遊べる。しかもリアルマネーを稼がせてくれるからな。人口も増加するわな。


「アップデートが完了しました。さっそく雪先輩のアカウントでログインしましょう」

「分かった~」


 先輩は不慣れながらもキーボードのキーを指で叩き、IDとパスワードを入力した。無事にログインができ、今日作成したキャラクター画面まで進められた。もうここまでは完璧だな。


「先輩のキャラ『ネブラスカ』を選択するとゲーム開始です」

「了解っ」


 俺の方もノートパソコンを用意した。今日は一緒にゲームをプレイする。まずは『はじまりの街』を案内するんだ。


 壮大なBGMが鳴り響き、画面が切り替わる。ロード画面だ。


 読み込みが完了すると、ついに街に入った。


 さぁて、ここからが本番だ。

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