第2話 大切な妹

それは1年前のことだった。

ふたり暮らしを初めて半年経ったくらいだろうか。

まったく部屋を出てこない姉に嫌気がさして、姉の部屋に入った。


「わっ、びっくりした。開けるならノックして。」

「…ずるいよ!!!」


たぶん、今まで生きてきた中で一番大きな声を出したと思う。

姉は少し驚いて困惑している様子だった。


「私ばっかり!!お姉ちゃんの家事ももうしたくないよ!!!」

「ゆ 柚葉…」

「絵なんてどうでもよくない!?早く就職してよ!!お金稼いできてよ!!!」

「柚葉、ごめん…」

「…いや、言い過ぎたの。」


はっ、と冷静になる。

私は何てことを言ってしまったんだろう。


「…私はもう寝るから、柚葉ももう寝るんだよ。」

「あっ、うん…」


ぱたん、と閉まるドアはいつもよりも寂しく見えたような気がした。



「お姉ちゃん、頑張ってたんだぁ…」


よく見たら、ゴミ箱に入っている絵も凄く綺麗だった。写真以上の、美しい絵。


知らない内に涙が溢れていたみたいで、掃除の手間が増えた。


ーーー

「いらっしゃいませー、全部1000円で売りますよ」

 

商売って物はなかなかに難しい。

久しぶりの絵画マーケット。この地域での特別なイベント。

夢を見る画家たちが、このマーケットで絵を売る。そこで関係者の目に留まればー…ほぼ勝ち組だ。


今日持ってきたのは、妹・柚葉の好きな檸檬の絵、家族で滋賀県に旅行に行った時に描いた琵琶湖。

冷蔵庫に残された、ツナの缶詰。

父の飲みかけのビール。


全部、当たり障りもない我が家の日常だった。


この絵が評価を受けるとは思えなかった。

だけど、この温かさを共有したかった。


「…なにこれ!」


私のテントの前に、ギャル系カップルが留まる。

身構えながらも、店員としての役割を務める。


「我が家の日常をテーマにした絵です。全部で1000円ですよ!」


絵をいくつか奥から取り出して来る。

彼女の方は見下すような目でいて、彼氏はずっとヘラヘラしていた。


「…はぁ?こんなのが売れるわけないじゃーん!」


バリッ


紙が、破れる音がした。


心臓が一瞬、止まった気もした。


「あ…あ……!」


紙には大切な妹の似顔絵が描いてあった。

だけど、中心に線が入ってしまう。


「ちょっ、ちょっとやっただけでしょ!?」

「そうだぜー?…何泣いてんだよ。」

「えっ?」


ヤンキー彼氏にそう言われ、初めて頬が濡れていたことに気づく。


「…これは、これは…わたしの大切な……」


柚葉の絵。


切り裂かれた紙に雫が垂れ落ちる。

じんわりと、柚葉の目元がぼやける。


(柚葉…柚葉…迎えに来てよ…)


いつもみたいに、「何かあったの?」って聞いてよ

いつもみたいに、はぐらかさないから。 

全部話すから…!


「……ゆ 柚葉………」


「お姉ちゃーん!!!って、あれ!?」


自転車がとまる。


その自転車に見覚えがあった。

いつも、アパートの駐輪場に置いてあって、!


「………!…柚葉っ……」

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食卓はいつも2人 水瀬彩乃 @hitorichan

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