第3話 心臓

運が良いことに私は生きていた。


あの漢方のせいで触覚がなく、痛みも感じることがなかった。それにアタッシュケースが浮き輪代わりになり、溺れることもなかった。


なんとか泳いでコンクリートに触れると、辿り着いた先がカップルの溜まり場だったせいで痛い視線を食らった。ついてない。



震え、水が滴り落ちる身体でなんとか帰路に着こうと歩き始める。そして来た道を引き返そうとしていた。


「動くな」


私は思わず動きを止める。


「その手に持っているものを渡せ。」


誰かに付かれている事も、いることも気がつかなかった。いつもなら気がつくはずなのに。


「さぁ、渡せ」


おそらくこれを渡せば私は殺されるだろう。生かすメリットがない。


「分かった。」


私は渡すふりをして、それで彼を殴りつける。弾けたのは銃であり、それを見て本能が逃げろ、と告げていた。


複雑な路地で撒こうと考え、駆け巡る。息が切れているのかもわからないほどに。


「最悪な物を手にしたみたい...」


私はそれを抱き抱えたまま動けない体を誰もいないようなゴミ箱近くの路地裏にて座り込む。


直にが来る。


「はぁ、はぁ、」


どれほど走れば良いのだろうか。こんな事になるのならなんて無視すればよかった-----------


「もう終わりだ。」


顔を上げると銃口が目の前に来ていた。




これで人生終わり?どうせなら学生になって、普通の幸せ、家庭を味わってみたかったな、あ、痛みなく死ねるのは良かったかも。


銃声が鳴り響く。


?」


どこからか声が聞こえてくる。


私は夢でも見ているような、甘く薄れた声で答える。


「あの一族?」

「私とお前だけになったけどね」


触覚はないものの、声が聞こえることから生きていると理解した。


起き上がると、目の前には先ほどの彼が死んでいた。


「あなたがやったの?」

「やらなきゃ。死んでた」


私はとにかく生き延びたらしい。


「それで、なんで私を助けたの?」

「一族の生き残りだから」

「だからその一族って何?」


彼女は「一から話さないといけないのか、」といった呆れ顔を見せる。


神翔星しんしょうせいに住んでた一族」

「まって、神翔星?そんな星あるの?」

「ずっとこの星で暮らしてたのか...」

「生まれてからずっとここだけど」


彼女はゆっくりと私に衝撃の事実を告げる。


「お前はこの星の人間じゃない--------」

そう伝えられたのは人生、二度目だった。


「はぁ?何言ってんの?」

「いやガチだから。ともかくそんな事は後で詳しく話す。とりあえずそのアタッシュケースを持ってここから離れよ」

「信用できると思う?いきなり現れて、人殺して」

「あれは地球人じゃないからセーフ。それなら--はい。銃渡すから」


彼女はぽいっと私に拳銃を渡してきた。


「近くに車停めてるから。早く来て。追手が来る前に」


私は中に弾が詰まっていることを確認して彼女の跡を追う。


「乗って、信用できないなら助手席へどうぞ」

「どうも」


私は隣に座り、彼女が不審な動きをしないように見張ることにした。


「行き先は?」

「上海空港」

「え、まって、空港?」

「そ、こっから日本に行く。」

「なんで?」

「バレないように過ごすための場所がある+探し物があるから」

「パスポートなんて持ってないけど?」

「もうこっちで用意してあるから」


彼女に渡され、見ると本物のパスポートのようだった。名前も生年月日も...


「どこでこれを?」

「話すと長くなる。ともかく今話すのはそれじゃない。」

「じゃあどれを話すの?」


彼女はサイドミラーで追っ手が来ていないことを定期的に監視しているようだった。


「私たちが持っているアタッシュケースにはある物が入っているの。それは見た?」

「いや見てない」

「それには私達の星、そこにいた神の心臓が入っている。」


心臓。私が例の漢方を届けに行く際の合言葉


「それがなんで大事なの?異星人のだから?それとも神様のだから?」

「信じていないのなら後で見れば良い。ただこれだけは知っておいて。私達の星の神の身体はバラバラになり、宇宙の星々に飛び散った。」

「それでこの星の上海に心臓が辿り着いたって言うの?」

「そう。正確に言うと誰かが持ち込んだ」


彼女は速度を上げ、話し続ける。


「でも私には関係ない」

「確かにお前は自分の出生の星は忘れているのかもしれない。だが神の体を集められると困る」

「それはなぜ?」

「宇宙が崩壊する」

「はぁ?」

「私達の神は宇宙を崩壊できるほどの力を持っていた。だけどそれが返って争いを生むと考え、身体を、力を分裂させた、とされてる」


これら全て彼女の妄想だとしたら作り込まれている。


「だが神がいなくなり、加護がほとんど消えた私達の星は他の星から狙われ、物資や力を奪われた。他の星々は自分達の神を利用してまでね。身体集めの争いは無くならない」

「じゃあ結局争い起きてるじゃん」

「まぁね。私はきっと神は自分の意思で身体をバラバラにしたのだと思ってる。誰かの意思がそこに介入してるって」


私は外の夜景に目を写す


「私達は強大な力を持っていたわけだから、他の星々に狙われるのも当然だった。そして野蛮な奴らは善良な人を争いに巻き込むためには私達を悪とする必要があった」

「呪われた一族とか?」

「そんな感じね。血塗られた一族とか」

「あなたと私はどうして生き残っているの?」


彼女は周りに車がいないことを確認するとさらに速度を上げ話し続ける。


「私は隠れながら生き延びて、どうにか敵の宇宙船で逃げ出した。そして嘘の身分を使って、神の身体を探し続けてる。正直に言うとあなたの両親は生きている。」


複雑な気持ちだ。半ば死んでいるように思っていた両親が生きていたなんて。


「あなたの両親は脱出用の宇宙船をきっとあなたを乗せるために使ったのね。逃げ惑っていた私に彼らは助けとある一枚の写真を託した。」


彼女はそう言うと私に一枚渡してくる。


私はそれを受け取り開くと赤子が写っていた。


「でもこれが私の確証はない」

「ここの手の甲に紋章があるのが分かる?」

確かに何かが赤子の手の甲に書かれていた。


彼女は前を向きながら「片手貸して」と言う。

私は素直に手を差し伸べると、彼女は自分の手のひらを私手の甲につける。すると紋章のようなものが浮かび上がっていた。


「どう?これで少しは信じれた?」

「どうしてここにいることが分かったの?」

「神の加護は身体と共に分裂した。だけどこの紋章がある私達にはまだ加護がある」

「それがあればおおよその位置が掴めるの?」

「いや、わからない。でもきっとどこかで出会う運命になる。」


それじゃあ私が死んでいてもおかしくなかった。


「もう一度聞くけど、どうして私の位置が分かったの?」

「これだよ」


彼女はコンパスの上に青い石を乗っけた物を見せてくる。


「これは神の身体の一部が入れられてるコンパスのようなもの。それで神の身体を探していたら何故かあなたのことを指していたってこと。これ盗まないでね。大事なやつだから」

「盗まないわ。」


話しているうちに目的地に着いたようだ。


「アタッシュケースを盗まれないようにして。例え心臓の一部しか入っていないとしても大事にしなきゃ」

「一部?!」


なんか自然と私も神の身体集めに参加させられている気がする。


「私まだ一緒に着いてくなんて言ってないけど?」

「自分の両親に会いたくないの?それに私達が神の身体を埋葬しなければあの強大な力は誰かに渡るよ?」

「両親に会わしてくれるの?」

「どこにいるかなんて知らない。けどいつか惹かれ合う。身体を集めてたら嫌でもね。」


頭がなんだかパンクしそうだ。


「一から整理させて。私達は神翔星の生き残りで、目的としてはその星の神の身体を集めて埋葬する。」

「そう。もし他の奴らに集められると宇宙を破壊できる力を手に入れることになる。でもそれは私達の髪が望むことじゃない。」

「それじゃあ--」

「そう。さっきも言ったけど神の身体がバラバラになったのには絶対に他の理由がある。」


この前までアングラな世界で生きていた身としてはこれからの環境はあまり変わらなさそうだ。


「私達の一族が神の身体を集めて埋葬、つまり無力化しようとしていることは他の異星人共にも知られてる。」

「力を欲してる奴からは狙われるってことね」

「そ。だからソイツらをぶっ飛ばして集めていこ。」


空港の荷物検査の列を前に私は一つの疑問を投げかける。


「今から身体を集める神の名前はなんていうの?」


彼女はこちらを見ながら周りに聞こえないように呟く。


宇宙心臓ハロノス



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異星身体《からだあつめ》 みゃんびゃん麺 @ranmyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ