第2話 運を運ぶ
親元離れてこの上海で暮らすにはそれなりの金がいる。それに私は学があるわけでもないし、特技があるわけでもない。
ただ一つ言うなら----逃げ足が速いことかもしれない。
私は頼まれた物を取って、口に咥えていた髪ゴムで髪を結ぶ。そして薄暗い紫色に当てられた鏡で今日も自分を見る。
出掛けよう。
私は合法とは言えない漢方を運んでいた。多分使っている材料に問題がありそうだ。それを欲しがる逆も私からしたら問題ありだけどね。
とあるクラブでバイトしていた時、酔っ払いに絡まれたことがある。そしてそいつからこの仕事を貰った。
「何故私が」
そんなことを考えても答えなんて、でやしなかった。だから運命だと、受け入れ金を手に入れる。
スマホを手に取り依頼主との待合場所を確認する。
マップ上のピンが立っている場所は考えたくない、気が重くなる場所を刺していた。
そこは高級クラブ、しかもビルの高層階にあるせいで触発されたら逃げ道が苦しい。近くに港があることで人気を博していた。
だがこの案件で二ヶ月は働かなくても良いような甘いものだった。
悩んだが、結局受け入れていた。多分私は興奮に酔っていたのだろう。
目的地のビルに着くと黒服を着た男二人がエントランスで待ち構えていた。
「名前は?」
「ヤスヒロ・クニキと心臓」
「70階のVIP室でお待ちだ」
私は黒塗りのカードキーを渡され、さっそくエレベーターに使う。
ガラス張りで上がっていくたびに街の明かりが星のように変化していく。そして70階に着く頃には辺りを見渡すことができた。
どうやら本当にこのエレベーターと非常階段しか逃げ道はなさそうだ。私のカードキーでは用のない階層に降りれないようになっていた。
扉が開き、中に入ると暗いそのフロアは煙が炊かれており、微かにVIPと読めるほどだった。
奥に進むにつれて煙は濃くなっていく。そして依頼主が待っているであろう個室を見つけ、扉をノックする。
反応はない。
待っていても無駄だ。私はドアノブを捻りながら言葉を投げかける。
「お持ちしました、」
彼は死んでいた
真っ先に上の方を確認する。煙のせいであまり見えないが、どうやら監視カメラなどはなさそうだ。
「罠か?」
いや私を誘い出すために人を殺すか?いやない。だとするならば---
最悪の場合、私が罪を被ることになる。誰も見ていないこの空間で最後に出入りしたのが私ならば当然、結果は分かりきったことだ。
私は目の前の現実をもう一度見る。
依頼主であろうと男はタバコを片手に、女を片手に白目を剥いて座っている。脈はない。同様に周りの女もだ。
机に置かれた紙に目をやる。
「合意」とだけ書かれていた。だがどこか不自然さを感じる紙だ。
何故か紙の端が少しだけ汚れている。これは葉巻の残り滓か?
男が持っているタバコには火がついていない。ということはこの紙は事前に作られている?
私はタバコを死体から取り、中をほぐす。そして開けるとやはり小さな紙が入っていた。
「vIP ソファー」
気が引けるが彼らだったものを避けて、ソファーを調べられる状態にする。
外観には何も問題無さそうだ。傷跡もなければ中に何か入れた後もない。いや外側から何か隠したのではなく、中から作り始めたとしたら?
隠したいものを隠すために覆いつつ、ソファーを作っていく。
私は近くにあったグラスを割り、それでソファーを切り刻む。
「ビンゴ」
中からアタッシュケースが出てきた。だが電子暗号化されていて開けない。ここまでするものは見たことがなかった。
とりあえずこの場を離れ、これの中身を探ろう。ここにいてもう良いことはない。
私はエレベーターのボタンを押そうとした時、押してもないのにこちらに上がってきている。
嫌な予感は当たりやすい。私は急遽、非常階段から降りることにした。
外は寒く、風も強い。下を見ると果てしなく続いているようだった。
さらに嫌なものまで見えた。複数の黒い物体が私の下から上がってきていた。
まだ小さく写るものの、数分あれば70階に着きそうなほど駆け上がっている。
「どうするか、」
私は屋上へ向かった。
屋上に着くとやはり夜景は綺麗だった。だがゆっくりする時間はなさそうだ。
下から非常扉を開ける音が聞こえ、誰かが私と同じように外に出たらしい。
気持ちが焦っていく。手元にあるこれを渡して許してもらう?いや無理だ。知ったものは殺されそうなぐらい厳重に隠していたもの。そして死人が出ているんだ。いまさら一人足した所で変わらないだろう。
私は覚悟を決め、ポッケにある漢方を取り出した。
一度だけ、どんな成分があるのか試したことがある。その日は最悪だった。
覚醒作用があるのか眠れないし、痛みも感じない。尿意すら感じないほどに。
今こそ使う時なのかもしれない。
私は足元に見える港を見て漢方を飲み込む。
足が震えるが行くしかなさそうだ。
空中に飛び出すと飛べない私は直ぐに落ちていく。まるで逆再生されているかのように。
私はアタッシュケースを抱え込みながら70階から水面に目掛けて飛び込んだ。
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