第2話
「今、空いていますかな?」
「あぁ。大丈夫だぜ、お客さん」
酒場に入ってきたのは、ロマンスグレーの渋い初老の男性だった。
上等な装いに、上等な杖。隠しきれぬ気品が全身から漂っている。
「……ほぉん。中々出来そうな奴だな」
ゆっくりと歩いてくる老紳士に視線を向け、ジェラールは感心した。
上手く誤魔化してはいるものの、老紳士の歩き方は戦う者のそれだ。それも後方から弓を撃ったり指揮官として活動するのではなく、最前線で戦う癖の付き方。
恐らくは実力もかなり高い。少なくとも先日戦った帝国の英雄よりは上だろう。
「隣、失礼させていただきますね」
「おう。好きにしろ」
老紳士は一言断り、彼の隣に腰を下ろした。
ジェラールも酒を飲みながらそれに応じる。
「それにしても、先日の戦はまた随分と凄いものでしたね」
老紳士がマスターに語り掛ける。
「あぁ、あれな。確か戦場喰らいが出てきたんだろう?」
「えぇ。どうやら帝国の英雄を打ち破ったようで」
「あの帝国の剣が打ち破られるとは思わなかったよなあ。少し前に帝国最強を下して地位を継承したばかりだったから。まさかこんなに早くやられちまうとは」
「今頃は大変でしょうね。帝国の面子に傷が付いてしまいましたから」
二人の会話を聞き、ほーん。大変だな。とジェラールは思った。
帝国の剣――現ルメール帝国最強の英雄、アウルス=ウィ=ルメール。
確かに帝国の剣を称するだけあり、他の連中よりは優れた人間だった。
まあ……彼からするとレベルが低すぎて、正直誤差の範囲でしかないが。それでも有象無象と思えない程度には実力があったと感じている。一撃で倒せた訳だが。
ちなみにルメール姓でこそあるものの、帝国の皇族という訳ではない。
帝国の皇族は時折、功績を残した者にルメール姓を与える事がある。
優れた者との繋がりを作り、一族の権威と力を高める為だ。
前帝国最強を下し、現帝国最強の英雄となったアウルスもその例の一つだ。
「しっかし。とんでもなくイカレた奴だよな、戦場喰らいは」
洗ったコップを拭きつつ、マスターが呟いた。
「自分から戦場に出てくるなんて、命が惜しくないのかね? それとも自分が負けるとは思ってないとか? どちらにしろ近付きたい人種には思えないけどよ」
「ふむ。確かに彼のお方に戦闘狂の側面がある事は否定できません」
マスターのぼやくような呟きに、老紳士が答える。
「幾度も戦場に出てくるのは、戦場こそがあの方の生きる場所だからでしょう。命懸けの戦いこそあの方の生き甲斐、死の香り漂う殺し合いこそ彼の生きる意味。荒事に関わらない一般の方が、そんなあの方を恐ろしく感じてしまうのは無理もない事」
まるでその事を悲しむように語り、首を振る。
「ですが――彼の強さは万人から称えられるべきものではありませんか?」
しかし次の瞬間。老紳士の目がカッと見開かれた。
開かれた金色の瞳には狂気的な色が宿っている。
「事実として。あの方はこれまで現れた戦場で一度も敗北を経験した事がない。百を超える戦場、その数倍にも上る数の英雄達と矛を交え合って尚、そうなのです。それはまさに大英雄と呼ぶに相応しい偉業。過去に比類する者なき偉大なる功績!」
語るほどに勢いは増し、喋るほどに熱量が上がっていく。
狂気的な老紳士の様子にマスターはたじたじだ。
「そう――つまりあの方こそが、この世界における真の英雄なのです!」
ドンッ!!! そんな効果音が聞こえてきそうな大仰な仕草で話が終わった。
すると一転、老紳士は元の上品な雰囲気に戻った。失礼、と断り椅子に着く。マスターは老紳士にドン引きしていた。お、おう……。と引き気味に返事をしている。
「……なあ、爺さん。いい加減に本題を話してくれよ」
そんな老紳士に、ジェラールは声を掛けた。
「俺に用があって来たんだろう? さっさと用件を言え」
そう言って、彼はジッと老紳士を見た。
ここに来てからずっと、老紳士が自分に意識を向けている事は分かっていた。
老紳士が酒場に入ってきた直後から、急にお遊び程度ではあるものの殺気を感じ始めたからだ。今もビリビリとした空気が、ジェラールの肌を刺している。
多少我慢はしていたが、流石に無視を続けるのも限界だ。
それにいい加減、この微妙な殺気を鬱陶しく感じてきた。
「おいあんた? お客さんに何を言って――」
「構いませんよ、マスター。彼の言葉は正しい」
ジェラールを止めようとしたマスターを老紳士が止める。
「失礼、年を取ると話が長くなるもので」
そして彼に向かって恭しく頭を下げた。
「では、ジェラール=ランダニスク様。いいえ――『戦場喰らい』様とお呼び致しましょうか。誉れ高き大英雄たる貴方様に、是非聞いて頂きたいお話があるのです」
老人が口にした自信を表す呼び名を聞き、彼は鼻を鳴らした。
ふん。やっぱり知っていたのか――ジェラールは思った。
隣に座った途端あからさまに先日の戦いについて話し始めるから、最初から接触が目的だったのだろうと当たりは付けていたが。それにしたって急に褒めちぎってくるから驚いた。彼には誰かから褒められるような行いをした覚えなど、欠片もない。
――しかし聞いて貰いたい話、ねえ。面白い何かがあるといいが。
「それが俺の興味を引くものであれば、な」
さして期待もせず、ジェラールは老紳士にそう言った。
「問題ありません。貴方様は必ず興味を持ってくださるでしょう」
「ふぅん。話してみろ。聞くだけ聞いてやる」
「ありがとうございます。『戦場喰らい』ジェラール様」
さて、一体どんな話が出てくる事やら。
彼は冷めた目線を老紳士に送る。
老紳士はごほんと咳払いし、口を開いた。
「では――数多の英雄が集う戦場に興味はありませんかな?」
「――へえ? 面白そうだな。詳しい話を聞こうじゃないか」
老紳士の宣言通り、ジェラールは一瞬で興味を持った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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歯応えのある敵がいないから異世界に乗り込んでみた 雨丸 令 @amemal01
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