歯応えのある敵がいないから異世界に乗り込んでみた

雨丸 令

第1話

 ルメール帝国西部。ルッキアナ大平原。


「オッ――ラァアッッッ!!!!!」

「「「ぐわぁああああああっ!」」」


 前足を上げた馬と剣の旗を掲げた軍団――ルメール帝国の軍勢を、男は愛用の戦斧を使い殲滅していた。彼らから少し離れた場所には、別の軍勢も倒れている。


 2メートルを超える巨躯。戦う為に生まれたような鋼の如き肉体。

 巨大な戦斧を軽々と振り回す男に、人の群れが成す術もなく蹴散らされる。


 男の名はジェラール=ランダニスク。

 世界最強と渾名される戦場の怪物だ。


「どうしたどうした!? まるで戦いになってねえぞ!! ルメール人ってのはお前らみたいな雑魚ばっかなのか!? 世界最強国家の名が廃るなァ、おい!」


 分かりやすい挑発。戦いに生きる者であれば聞き逃せない言葉だ。

 しかし帝国の兵士達は身を竦めるばかりで激昂した様子がない。


「――チッ。こいつらも結局、そこらの雑魚共と変わらねえのか?」


 そんな彼らを見て、ジェラールは吐き捨てるように呟いた。

 世界最強の国と聞いて少しは期待してたんだがな、と。


 だが実際に蓋を開けてみればこれこの通り。実力は他国の兵士と同じく軽い一撃でゴミのように吹き飛ぶ程度で、それならば精神性はどうだと威圧してみると簡単に委縮した。なら勇猛果敢な姿でも見せてくれるのかと思ったが、そんな様子もない。

 これの一体どこが最強なんだ、と彼は心から疑問に思った。


「……そうかよ。ならてめえらは――臓物撒き散らしてここで死ね」


 実力もない。将来性もない。――ならそんな雑魚はいらない。

 ジェラールはさっさと片付けようと戦斧を振り上げ――


「そこまでにしてもらおうか。ジェラール=ランダニスク」

「あん? てめえは……」


 ――しかし。その声が聞こえた事で一旦下ろした。


 帝国軍の軍勢を割るように出てきたのは、一人の優男だった。


 金髪碧眼。長身。細身ながら鍛えられた身体。甘いマスク。

 純白の軍服に身を包み、まるで宝石のような美しい刀身を誇るレイピアを片手に構えたその男は、緩やかな動作で静かにジェラールの元へと歩いて来た。


 そしてあと数メートル、という所でジェラールと向かい合う。


「ジェラール=ランダニスク。数年前から各地の戦場に現れては、敵対する双方の軍勢を蹴散らしては去って行く謎の男。付けられた二つ名は――『戦場喰らい』」

「なんだ、自己紹介して欲しいのか? そういうのは余所でやってくれ」

「いや。……キミは何故戦場に割り込む? どうしてそんな事をするんだ」


 なんだそんな事か、と彼は鼻で笑った。


「ハッ。そんなもの――俺が楽しむ為に決まっているだろうが」


 考えるまでもない。戦場に出る理由などそれだけで十分だ。


「そうか。――どうやらキミを野放しにしてはいけないようだ。自分の欲望の為に戦場を荒らすキミは、いつか必ず我が帝国に被害を齎す……いや、もう出している。ならば。帝国の人々に害を齎す悪を絶つのは、帝国の剣たるボクの役目だ」

「ハハハッ。なんだ。結局てめえも戦うんじゃねえか」


 だが悪くはない。レイピアを構える優男を見て、ジェラールは笑った。

 見たところこの優男は帝国軍の中でも上澄みの人間だ。この局面で一人やってくる度胸からして、己の実力に対しての自負もある。――期待出来そうだ。


「アウルス=ウィ=ルメール。帝国の剣として、キミを討つ!」

「ジェラール=ランダニスク。いいぜ、やれるもんならやってみなァ!」


 ――直後。ジェラールとアウルスは衝突した。


――――――――――――――――――――


 数日後。帝国の隣国にあるとある酒場にて。

 浴びるように酒を飲み、マスターに絡むジェラールの姿があった。


「――それで、あっけなく勝ってしまったと?」

「……仕方ねえだろうがッ。あんなに強そうな感じで出てくりゃ、誰だってつい全力を出しちまうもんだろう? いや、俺は出してねえが。ほんのちょっと力を込めただけなんだ。……なのにまさか、あんな一瞬で片が付くなんて思わなくてよォ」


 あの時、ジェラールはアウルスと名乗ったあの優男に期待していたのだ。

 あの時の帝国軍は控えめに言っても満身創痍。悉くが重傷を負うか戦意喪失状態で味方の補助など一切期待できない状況。――にも関わらず現れてくれたのだから。


 自身と伍するほど、などという贅沢は言わない。

 だが戦いが出来る程度の力はあるんじゃないか。


 口にはしなかったものの、彼はそんな期待をアウルスに抱いていた。

 相手からすれば過剰に過ぎたのであろうとても重い期待を


 結果は案の定――瞬殺。戦斧の一振りで勝負が付いてしまった。


 あの瞬間のジェラールの気持ちは筆舌に尽くしがたいものがあった。


 まるで贅沢なディナーにゲロをぶちまけられたような、購入から何ヶ月も待ってようやく届いた商品がパチモンだったような、絶世の美女を謳う娼館に入ったら、出てきたのが小汚い小太りの婆さんだったような、そんな何とも言い難い気分。


 そんな、言葉にする事すら躊躇ってしまう最低最悪の気分に、彼は襲われた。


「……はぁ。……どうして強そうな雰囲気なんて出してたんだあいつは。雑魚なら雑魚らしく謙虚にしてろや雑魚がッ。無駄に期待させられちまったじゃねえかッ」

「おぉ、こわ。お客さん、あまり飲み過ぎると身体に悪いですよ?」

「うるせえッ。飲まなきゃやってられねえんだ。暴れねえから放っといてくれ」


 そう言うと、マスターは何とも言えない顔で肩を竦めた。


「はぁ。何処かに俺を満足させてくれる敵はいないものか……」


 望みは薄い。分かっていてもジェラールは呟かずにはいられなかった。

 酷い退屈感に苛まれながら、彼は新鮮な酒を次々と胃に流し込んだ。


 その時。静かな酒場に、一人の客が入ってきた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

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