灰色 (仮)

@quiqpay

灰色

 その日の夜空は灰色だった。とは言え、そもそも家から出るのが1週間ぶりだったので、この時間の夜空がいつも灰色なのか、それとも今日は曇天で、もし晴れていたら星が見えたりするのかはよく分からなかった。

 ときに、晴れた日の夜空は晴天と呼ぶのだろうか?雲が無いことが晴れの条件だろうか。しかし、晴天と言うからには空に太陽が登っている必要がある気がする。それなら、晴れた夜空を表すにふさわしい表現は何かあるだろうか。東京の夜は、星空と呼ぶには少し寂しいように思える。

 コンビニに向かいながらくだらないことを考えていたせいで、普段なら30メートル先を歩いている人も認識して自分の歩くルートを調整している僕が、その半分以下の距離に近づくまで、道のど真ん中に突っ立っている彼女に気が付かなかった。

 身長は僕より少し低い、165cm前後。髪型は黒のショートボブ。僕の貧弱なファッションセンスから見てもセンスの良さそうな黒系のニットとスカート。暗くてはっきりとは視認できないけど、多分美人そうな横顔のシルエット。

 夜中にゲームで炊いて萎え落ちしたあと、欲望に逆らえずコンビニにアイスを買いに来るような僕とは住む世界が違うであろう人種。加えて、決して広くはないこの歩道の真ん中に堂々と居座れる度胸。生きてるだけで人様に迷惑を掛けていることを自覚しているような人間とは、頭の構造が違うのだろう。

 などと卑屈な考えに沈みながら、自分の存在ができるだけ小さくなるように、目を伏せてうつむき加減で道の端をすり抜けていくとき、横目に映った彼女の目が、こちらを向いていたような気がした。



 コンビニからの帰り道は、なんとなく行きとは違う道を選んでいた。なぜかは分からなかった。ただ、彼女のことを考えていた。なぜ彼女のことを考えているのかも分からなかった。

 誰か知り合いや芸能人に似ていただろうか?顔は見えなかったけど、あのすらりとしたスタイルとシック系の雰囲気で誰か思い浮かぶだろうか?うーん、分からない。

 それなら、彼女が僕の好きな女性のタイプに合致していたか?顔もよく見えなかったのに?それに、正直自分の好きな女性のタイプなんて良く分からない。普段リアルの女性と関わる機会があまり、さほど、多くないので。でもなぜか、彼女のことが妙に頭に残っていた。

 これは多分、普段異性と接する機会が乏しいから、不意の接近に動揺してしまったのだろうと、そう結論付けた。美人(と思わしき女性)と道ですれ違っただけでこの有り様、我ながら童貞過ぎる。嘆きながら家に帰ってきて、買ってきた溶けかけのアイスを食べ、布団の中でスマートフォンをスクロールして30分ほど思考を停止させた後、虚無感と共に眠りについた。

 彼女のことは完全に頭から消えていた。

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