異世界に転移された勇者が、長い戦いの末に元の世界に帰還すると、元の世界が魔法や異能力が存在する異能バトル風の世界になっていた……というのは、最近カクヨムでもよく見かける展開だ。しかし、本作が異彩を放つのは、勇者がこの変貌した世界で活躍するわけではなく、即座に監獄にぶち込まれる点である。
そして、そこにいる他のメンバーがとにかく濃い。自称魔王の爺さんや、すべてを見通す少年、神を宿した少女など、基本的にロクな人物がいない。彼らの面倒を見る医者の先生も、全身に触手を生やした名状しがたい存在だ。
そんなヤバい人たちが集まって何をするかというと、基本的にはこの閉鎖空間でダラダラと世間話をするばかり。しかし、本作の面白さは、そんな世間話の中から漏れ出す「匂わせ」の妙にある。
たとえば、勇者は前の世界で単純に悪い魔王を倒しただけではなく、もっと多くの人間を殺してきたことが語られる。また、魔王の爺さんは、勇者が異世界に飛ばされていた間に世界をめちゃくちゃにした張本人であることが明かされる。
それ以外でも会話の端々から、この監獄の住人たちがとてつもなくヤバいことが伝わってくるのだが、全員、ここから逃げ出そうとはせず、仲良く体操をしたり麻雀をしたりと、規則正しい監獄ライフを送っている。この平穏がいつまで続くかはわからない……というか、すでに崩壊の兆しは見え隠れしているが、このヤバすぎる面々が今後どのような化学反応を起こし、世界にどのような影響を与えるのか、注視していきたいところだ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)