第15話 車椅子探偵、尊神終 下




「この事件において、誰が誰を殺したのかは分かりきっています。強盗が、嫡男の男を殺したのです。そこははっきりしています。他ならぬ、この剣が一部始終を見つめていましたからね」

「なんで分かり切ったことを確認したの?」

「探偵とは、第一に事件を整理することから始めるのだ。初歩的なことだぞカワセミよ」

「そうなの?」


 そうらしい。オワリちゃんが推理を邪魔されて半眼でこちらを睨んでいる。大人しくしておこう。


 オワリちゃんは数秒の沈黙の後、再び話し出した。


「……しかし、ここに誤謬があったとしたら? 男を殺したのが件の強盗でなければ、どうでしょうか?」

『何を言う! 私は確かに見た! 奴等は確かに彼を斬り殺した。疑うか!』

「それは部屋の中からの光景ですよね? 貴方は部屋から出ることはなかった。男が斬り殺されたのは、部屋の出口の廊下でのことです」

『だからどうした!』

「犯人を言いましょう。それは男の父親です」


「大体、おかしいじゃありませんか」とオワリちゃんは得意げに言った。


「貴方は犯人を強盗と思ったようですが、金品の強奪が目的ならば、男の部屋は漁り甲斐があるはず。しかし、部屋の外には既に死体があり、犯人達がここを通ったことは明白です。扉も開いており、中を確認したことは確かでしょう」

『ああ、そうだ。屋敷が騒がしいと思ったのも、見慣れぬ奴等が彼の部屋に押し入ったからだ。その後は特に何もせず出て行ったがな』

「では、犯人達の目的は金品ではなく、男の命そのものだったと推察するべきでしょう。一度出て行った部屋に、男を押し込む形となったのです。それで使用人達の死体の説明が付きます」


 そういえば死体が転がっていたな。状況的にそういうもんかで流してしまった。慣れという物は怖い物である。確かに犯人が強盗目的ならば、男が逃げた先で既に死体が転がっているのは位置的におかしい。


「だが、それはあれだろう。男に家宝の在処でも聞き出そうと思ったんじゃないか? だから追い回していた」

「だとしても、金品を漁らないのは目的としておかしな事です。仮に目的の財宝が莫大な物だとしても、簡単に懐に入れられる宝石を放っておくのは奇妙なことです」

「犯人達は実はテログループで、男の家は何か悪事を成して、天誅を下すために殺したとか」

「……仮定に仮定を重ねないで下さいよ。それに話の大事なところは、『何故、男は家宝の剣を使わなかったのか?』ということですよ」


 そういやそうであった。これは枝葉の部分である。そもそも何故親父さんが犯人なのかは全く分からん。


「話を戻しまして……貴方が廊下の様子を窺い知れなかったのであれば、男が誰に追われているのかも明瞭ではなかったはず。そう、彼は見たのです。実の父親が覆面の男達に命令を下し、自分の命を狙っているところを!」

『俄には信じられん。確かにあの男は私を手に取ることはなかったが、何故奴が?』

「ふふ……私が勘付いたのは、カナナナくんの言葉からでした」

「えっ、ぼく……っとっと!」


 カナナナくんは声を漏らしたのに慌てて口を両手で塞いだ。オワリちゃんがにっこりと笑う。セーフらしい。


「カナナナくんは、カワセミさんが何気なく言った『この事件の犯人は?』という質問に対し、『犯人は──』と言いかけました。その答えは、この事件に『犯人』がいることの証左です。強盗達ではなく、明確な殺意を持って男を殺した犯人が!」

「答えから逆算してんじゃねえか。ズルだろそれ」

「もしやオワリよ、この一言から思い付いた自説を披露したく、カナナナの言を遮ったか?」

「あーもー黙って下さいって!」


 オワリちゃんは折角の決め文句に茶々を入れられたのが嫌だったのか、俺達を睨み付けて「えへん、えへん!」とわざとらしく咳をした。


「男が父親の姿を目にしたのならば、貴方を手に取らなかった理由は明白です。『魔剣の力は血族にのみ発現する』と貴方は言いましたね? では、同じ血族である父親に剣を向けたとき、本当に力は発揮されるのか? 貴方の力を知っているからこそ、それに頼れない不安を恐れたのではないでしょうか」

『おお……確かにそれならば納得できる! 私は選ばれなかったのではなく、選べなかったということか!』

「そうして父親は何食わぬ顔で葬儀に出席し、貴方を土に埋めたのです。これが真実です!」


 どやあ……とオワリちゃんは自信満々に笑みを浮かべるが……正直言ってうーんって所である。


「……え、何ですかその納得いかなそうな顔は」

「いや、オワリちゃんは分からないだろうけどさ、この魔剣、血に関しては発動のキーになっているだけだと思うぜ。同じ血の奴に剣を向けたって力は発揮されるだろう」

「……そうなんですか?」

『いや、分からぬ。彼に出会うまで長く使われていなかったからな』

「であれば! 男も分からなかったから不安に思った。これが真実です!」

「それ決め台詞なの?」


 いやまあそれを抜きにしても、なんでわざわざ嫡男の命を父親が狙ったのかって言うのは分からず仕舞いだが。そしてメルニウスも納得出来なさそうな顔である。


「メルニウスの疑問は?」

「血によって発動する力を父と子が共に知っていたのならば、父親が魔剣を土に埋めたのはやはり不自然だ。力のある魔剣と知っていたのならば、呪いを恐れるにせよ、その力を利用するにせよ、我が身の側に置いておくものであろう。そして、往々にしてそういった品は高価な物だ。尚更手放すとは思えぬ。動機にもよるだろうが」

「えーと、それは……」

「我にはどうも、父親は魔剣の力について知らなかったとしか思えぬ。でなければ、どうしてその様な品に土を被せただけで置いておくのだ。誰の手に掘り返されるかも分からぬのに」

「うーん、うーん……」


 オワリちゃんがうんうん言い始めたところで、ふと俺は気になっていたことを剣に聞いた。


「そういやお前、なんでこんな場所に送られてきたの? 呪いの解除とか何かなんだろうけど、それってつまり呪いが見つかったって事だろ? 墓から抜け出してきたか?」

『そうだ。何故彼が私を使わなかったのか分からなくてな。その疑問と苛立ちを解消すべく、まず第一に墓守の男の手に取らせ、道行く者共を次々と斬り殺し、手渡っては殺していき、結果として封じられたのだ』

「やっぱ碌でもない魔剣じゃねえか。精神操作まで出来るのかよ。そして疑問の解消はどこに行ったんだよ」

『疑問は解消できないが、苛立ちは解消できる。人の血と叫び声だ!』


 もうこれ炉に溶かして打ち直した方が良いんじゃねえのかな。こんなの食べたらオワリちゃんも腹壊すぞ。


 そのオワリちゃんは先程からうんうんと牛の鳴き真似をしている。しかし幾ら頭を捻っても答えが出てこないようである。もう面倒臭いから答えを言って貰おう。


「カナナナくーん」

「あっちょっと待って下さいよ! もう少しで閃きそうなんです!」

「だそうだけど、どうするのカワセミお兄ちゃん」

「言ってしまえ」

「はーい!」


 カナナナくんは元気よく腕を上げて話し始めた。オワリちゃんは悔しそうにしているが、既に答えを聞く態勢に入っていた。


「オワリお姉ちゃんは惜しかったね。犯人は確かにお父さんだよ。でも、直接は出向かなかったね。強盗に扮した暗殺者達を送り込んだだけだったよ」

「ほら! 合ってましたよ私の推理! どうですかカワセミさん!」

「すごいねー」

「き、気の抜けた褒め言葉ですね……!」

「それで、なんでお父さんが息子さんを殺したかって言うと、その息子さんに問題があったんだー」


 カナナナくんは魔剣を見つめて話す。魔剣は『なに?』と不機嫌そうに、しかし少し不思議そうに声を返した。


『何を。彼に何の問題があったのだ。彼は私をよく使ってくれた。彼だけが、私を!』

「いや問題だよ! だってその人、君を使って沢山の人を殺したでしょ? 何の罪もない、通りがかりの人達をさ」

『……だから?』


 剣は本当に不思議そうに声を返した。やっぱ碌でもねえじゃねえかこいつ。


「お父さんはそれを知っていたんだね。庇おうと思ったけど、結局はその人ごと事件を葬り去ることに決めたんだ。庇いきれないほど殺しちゃったからね。だけど男の人は最後までそれに気付かなかった。だから、事件に使った剣を使うと、後で色々調べられてバレないか心配で、君を使わなかったんだよ」

「えぇ……最初に言って下さいよそれは……」

「それで、証拠隠滅も含めて、お父さんは遺体と一緒に君を棺に入れたんだね。お父さんは君をただの家宝だと思ってたみたい。魔剣とは全く思ってみなかったみたいだよ」

『そうだ。奴は私を象徴としてしか扱わなかった。私を剣として扱ってくれたのは、彼が久々だったのだ……』


 その結論にメルニウスは「ふん、救えぬ者共よ」と嘆息し、「しかし、疑問は残るぞ」と言った。


「証拠の隠滅を目論んでいたのならば、墓の下などはそぐわぬのではないか? それこそ折り砕きて溶かし、徹底的に隠滅するのが道理ではないか」

「そんな事をすると周りから不自然に見られるし、一応は家宝だしね。お父さんは小心者だったんだよ。息子さんの犯罪の証拠は側に置きたくないけど、徹底的に壊すのは気が引ける。だから中途半端を選んだんだ。いや、選ばなかったんだよ。選ばないことがお父さんの選択だったんだ」

「はっ。下らぬ俗物しかおらぬ事件とは、呆れる」

「もっと立派な人だったら警察に突き出しただろうし、もっと悪い人だったら家のために息子さんを閉じ込めて、結果的に魔剣の力に気付いたりしたかもね」

「ふん。そんな小心者でも人は殺せるのか」

「自分の手は汚さないし、可哀想な自分でいられるからね!」


 カナナナくんは、自分が何を言っているのかも分からぬように自動的に口を運んだ。しかしその答えには納得できた。というのも、俺自身、剣が見せた追想に不思議な点があったからである。


「最初の追想、あれはこいつの『何故』に関係ない、単なる出会いの思い出かと思ったんだが、あれも『何故』だったんだな。『使い慣れた』剣を手に取っただけなのに、『何故』嬉しそうな顔を見せるのか、そこも不思議だったわけだ」

『そうだ。私と彼の蜜月から考えれば、わざわざ再会を喜ぶほどでもあるまい。それも不可解だったのだ』

「使い慣れ、その力の秘密を発見するほどの魔剣が、正式に自分の物となるのが嬉しかっただけだろう。これで何時でも人を斬り殺しに出かけられるとな」

「その通りだねメルニウスお姉ちゃん! だからお父さんも難しい顔をしていたんだね。もう知っていたけど、言い出せなかったから」


「以上、解決! ばんざーい!」とカナナナくんは笑った。対してオワリちゃんはがっくりと肩を落としている。


「そんな……し……信頼出来ない語り手パターンでしたか……。叙述トリックなんて分かるわけが無いでしょう……」

「そもそもこんな邪悪な剣を持っていた奴がまともなわけがないだろ?」

「身も蓋もないこと言いますねカワセミさん……」


 そう言ってオワリちゃんは溜息を吐いた。車椅子探偵、尊神終の活躍はまだまだ先のことになりそうだ。


 で、残ったのが『そうか、そうだったのか』と怨念を吹き上がらせる魔剣である。全ての疑問が解け、納得を得た剣は、今まさに黒幕たる父親を斬り殺しに行こうとしているのだろう。


「じゃあオワリちゃん食べちゃいな」

「踊り食いは趣味ではないんですって。あと押さえ付けるのが大変です。活動的になったので」

「じゃあ結局、事件を解決するどころか悪化させただけじゃねえか。次の犠牲者が今まさに生まれるぞ」

「……う、頭が。あれ、何を……ふふ、そうですか。私が何かやらかしてしまったようですね。申し訳ありません」

「どっちも君だろ」

「ちぇっ。カワセミさんには通じませんね」


 彼女は二重人格でも憑依でもないし、記憶も自我も連続しているだろう。存在としての格が違うだけで、オワリちゃんはオワリちゃんなのである。だからばつが悪そうな顔を浮かべて目を逸らしているのだ。


「……はいはい分かりましたよ。じゃあカワセミさん、ちょっとその剣を抑えていて下さい。マムロ先生のマグロ解体ショーを思い出して解体しますから」

「楽しかったねえあれ」

『何を。私を抑え付けようというのか、脆弱な人の分際で』


 魔剣は余裕そうに高笑いをし、ふわりと宙に浮き上がった。結構な呪物である。元々力があった魔剣が、人切りと怨恨の果てにここまで至ったのだろうか。邪悪な意思と精神操作の力があるのなら、もっと昔に封印されていただろうしな。


 しかし『ならば抑えさせてやろう! 代わりにその精神を頂くがな!』と調子に乗って掌に飛び込んできたのは不味かったな。何が不味いって聖剣ちゃんがブチ切れちゃった事である。この子嫉妬深いからなあ。


『あ』と右手に掴んだ柄が震えた。


『え、え』と、遥か天空のその果てに開いた瞳を、魔剣はまともに見つめてしまった。


 どうするのかと、聖剣ちゃんは俺に聞いてきた。確定死刑だが、主人の意見を聞く理性はあるらしい。


「うーん、だけど別に良いよ。さっきも言ったけどさ、俺って剣には物質としての位置を求めるし」

『あん、な。あんな、あんな、あんな。助けて、たすけて、たすけ』

「こんなさあ、物を語って勝手に動く剣って、それもう剣じゃないよね。人もどきだ。それも武器としての人もどき。生でも死でもない最悪な奴」

『おねが、お願いしますおねがいおねがあ、たすけ、たすけて、いやだあれは、いやだ』

「刀剣の美とは不安の美である。不安の美とは信仰である。そして信仰とは、無言を前提として行われなければならないものだろう」


「だから醜いのでやっちゃっていいよー」と言うと、聖剣ちゃんは嬉しそうに笑って魔剣の自我をズタズタに切り裂いた。


 その刀身を全く傷付けずに精神のみを切り裂いたのは彼女なりの意趣返しだろうか。物を語り動く魔剣が、物言わず動かぬただの剣に戻ったのである。『ぃぎ』と奇妙な断末魔を上げて、魔剣はこの世から消え去ったのだった。


「……あれ、これってオワリちゃんの食事奪っちゃったことになる?」

「……そうですね。塵になっちゃって霧散してしまったので。いや、別に積極的に食べたいわけではないので良いんですが。……ヨビソンさんには、あれでも手加減していたんですね」

「おうよ、聖剣ちゃんは冗談が通じる子だからな。そういやお爺ちゃん息してる?」


 すっかり視界の端で忘れていた肉塊に声を掛けると、「し……と……ら……ん……」と声が返ってきた。


 うん。元気そうである。再生も始まっているし、明日には元に戻るだろう。ちょっと身体がぐらつくかもしれないけどな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る