第13話 役人さん




「いや多分こっちも悪いんでしょうがね? いやこっちが悪いんですがね? しかし、いきなりビチビチ震えたかと思ったら完全に静止するとか、気が触れてもおかしくないと言うことだけは分かって欲しいです」

「ああ、申し訳ありません本当に、はい……。折角、身に付けた礼節だったので……」

「いや謝る必要はないんですがね? 半狂乱になって撃ってしまったのは僕が完全に悪いですし。心構えが出来ていなかったという意味でもね?」


 葛城を迎えに来た役人らしくない優男は、名前を室戸と言った。俺より結構な年上で、歳は四十を過ぎたほどらしい。黒髪を乱雑に切った姿はあまり役人らしくないものである。


 しかし面白かったな。今は優男風に胡散臭い笑みを貼り付けているが、マムロ先生と対面したときは顔面真っ青になっていたからな。


 だが、そんな様相を晒しても尚、マムロ先生と対面できる時点でこいつも頭おかしいんだろうな。可哀想に。若い内から苦労してきたんだろう。


「みそぎさん、彼には熱いお茶を入れてやって下さい。俺は今日のおやつをあげますよ。クッキーです」

「えっ、どうも。……貴方こそが、勇者のカワセミさんですね? 室戸と言います。よろしくお願いしますね!」

「元勇者な。よろしくどうぞ。ゆっくりしていきなさいよ」


 ちょっと驚いたようにしながら、しかし室戸はにこやかに俺へと手を伸ばした。俺はその手を取り、握手をした。うん、ちゃんと人間の手だ。


 それで室戸は調子を取り戻したのか、出されたお茶とクッキーに一切手を付けぬまま、にこやかな表情でまず頭を下げた。


「いやー、それにしても申し訳ありません! ウチの葛城がご迷惑をおかけしてしまいましてね。加えて僕まで取り乱してしまうとは! 謝っても許されることではありませんが、謝罪を一つ、どうか」

「いやいや、良いんですよそんな! 単なる事故です。謝る必要なんてありませんよ!」


 マムロ先生は快活に受け答えする。触手が慌てたように蠢くのを見ても室戸は微笑みを絶やさない。胆力あるなあ。さっき発狂しかけたってのに。


「いや、よくそれと会話できますね局長。私は正直さっさと帰りたい気持ちでいっぱいなんですが。というか統一政府がこんな島を作っていたとか全く聞いていなかったのだけど」

「こら! 失礼ですよ葛城さん! いやねえ申し訳ありませんね。伝達にミスがあったみたいですね!」

「いやいや、よくあることですよ。こちらとしても侵入者を追っ払ってくれたわけですしね」


 葛城はベッドの上に乗ったまま青ざめた顔で震えている。ラウンジの室温は丁度良く保たれているので、精神的な傷がまだ癒えていないのだろう。


 この会談に同席しているのは、みそぎさんと葛城と、そして俺だけである。先方からの申し出により、カナナナくんとヨビソン爺さんは接触禁止。メルニウスとオワリちゃんは自室で何かやっている。まあ最近来客が続いたからな。物珍しくもなくなってしまった。


 俺は単純に暇だからラウンジでだらだらしていた。だってカナナナくんの為にテレビもゲームも彼の部屋にあるんだもの。


「それで、後は葛城と、四散会の頭領を回収するだけなんですが」


 と、そこで室戸は意味ありげに言葉を句切り俺を見つめた。


「少し、カワセミさんと話をしたいのですが、よろしいですか?」

「え? まあ私は良いですが、カワセミさんは」

「俺なら良いが、別に話す事なんて何もないぞ」

「いえいえ、そんな事は!」


 室戸はマムロ先生とみそぎさんに頭を下げ、二人がその場を去るのを待ってから話し始めた。弧を描いた瞳が舐るように眺めてきて気持ちが悪い。


「葛城によれば、襲撃にも取り乱さず落ち着いていたとか。流石は勇者と呼ばれただけはありますね。いやいや、噂に聞いただけですが」

「まあな。自慢だが一万を相手にして勝った事もある。そもそもそんな大軍差し向けてくるんじゃねえよって話だが」

「自慢なんですね。それが件の魔王ですか。魔王軍との戦いは十年にも及んだそうで、いやあ、こちらから救援を送ることも出来ず申し訳ありません」

「うんにゃ、相手は魔王じゃなく人だったが。てかそんな事聞くくらいなら別に生首を差し向けなくても良かっただろ」


 その言葉に葛城が首を傾げた。対して室戸は肯定も否定もせずに微笑んでいる。大変だね、お役所仕事ってのは。


「なんで差し向けられたかって疑問を覚えるほどの相手なら、そりゃそこに意図があったって話だろ。分かり易い餌を吊り下げて、救援という形でその娘を向かわせる。そんなに大層な場所なのかい、この島は」

「疑いすぎですよカワセミさん! 私は部下が心配だっただけでして。まあ、正直言って都合が良いのも確かですが」

「……えっ、私って口実に使われたの? そこの男と話すためだけに?」

「そんな事ありませんよ葛城さん! 私は何時だって部下が大事で大事で堪らないのです。しかし、『そこの男』というのは失礼ですよ。彼は異世界側にとって非常に重要な存在なのですから」


「ねえ、元勇者様?」と室戸は笑みを見せる。それに葛城は疑わしげに俺を見、「勇者様って。この男が?」と呟いた。


「あちら側の話は、そりゃ物珍しいから私も良く聞いているけど、勇者って死んだんじゃないの? 魔王を打ち倒して消えた国の英雄だって。だから国の名前も勇者国」

「素晴らしい式典だったそうですよ、魔王を打ち倒し、勇者を称える祭りの場は」

「ああ、そりゃ見ていたから知っている。そっからちょっとしてから帰ってきたんだ。自分の名前で涙を流されるのは中々気持ち良かったぜ」

「自分を死んだことにしたのですね。それは、あちら側の待遇にご不満が?」


 ああ、そこか? わざわざ理屈作って押しかけた理由は。室戸の胡散臭い笑みがますます深まる。


「そりゃあな。俺が帰るときも苦労したんだぜ? 仲間にクソ面倒臭い儀式頼んでようやく帰ってきてみれば、門は既に通ってたって酷い話だよな。何より全員黙っていたってのが酷い。俺ってそんなに信頼されてねえの?」

「カワセミさんは政治と関わりはなかったのですか?」

「ないない。俺は勇者様だったが鉄砲玉様でもあったのさ。そこの葛城ちゃんと同じく、便利に使われる兵隊ってところ」

「私と並ぶくらい強いようには見えないけどね。第一、この人が言っていることが正しい保証なんてどこにもありませんよ、局長」

「そうですね。正しい保証などどこにもありません」


 そう言って、室戸は俺をじっと見つめる。微笑みを浮かべて見透かすように見つめている。彼は言った。


「それに、嘘ですね」

「なにが?」

「カワセミさん、知ってましたよね? 異世界と地球が交流していたことを」

「あ、バレた?」


 まあ必死になって隠すことでもないので肯定する。地球側がここまでファンタジーになっていたことは知らなかったがな。普通にこれからファンタジックになっていくもんだと思っていた。


 別にお姫様も隠さずに『帰れますよ、人殺し』と言ってきたしな。いや地球側と門を立てるまで交渉が進んでいるとは思っていなかったが、それでも三年前ぐらいには帰れたのである。


「はあ? ねえ局長、この男の話を聞く必要ってあるの? 適当言っているだけじゃない? 何の意味があってそんな嘘を吐くのよ」

「だってこいつみたいなのが俺の待遇を盾に要求を通そうとしたとき、梯子を外せて気持ちいいじゃん」

「呆れた。子供みたい。本気で適当言っているだけね。帰りましょう局長」


 葛城は、俺が勇者だったとはまるで信じていないようで、生首を転がして呆れ顔でこちらを見つめている。しかし室戸は笑みを絶やさずに続けた。


「本当のところは?」

「義理人情で異世界を見捨てられずに戦い続けたことが知られたら、カッコよすぎてキャーキャー言われちゃうからさ」

「勇者が『使われるだけ』ではなかった事実が知られたら、何か不味いことでもあるのでしょうか?」

「鋭いね。段々お前が嫌いになってきた」

「はは、褒め言葉として受け取ります」


 と言っても、そこまで政治的な汚点ではない。しかし民衆を治めるには体面が必要であり、世界各国の王様皇帝法王に、加えて神様までぶっ殺した俺は、単なる暴力装置として存在した方が都合が良いのである。


 それこそが『罪に対する罰ですよ、私の勇者様』とのことらしい。まあ政治なんて全く分からねえし、第一、罪でも罰でも無いので別に良いのだが。


 そして、それこそが俺とお姫様なのだから。


「しかし、何だってそんな事を聞くんだよ。権力闘争の手札集めか? とてもじゃないが、その娘を見るに外交に関われるような部署とは思えないんだがな」

「いえいえ、そんな悪辣なことを考えるはずがないでしょう! 私は単に、人捜しを頼まれていただけです」

「なんだ、懸賞金でも掛けられてた?」

「アーシェ・アシェラ・アシラトさんから」


 あ? な訳がないだろ。


「……と、間違えました申し訳ありません。本当はエルフ種代表のマリカ・テマ・トーテンツさんから、勇者様を探して欲しいというお願いがありましてね」

「なんだ聖女様かい。ビックリさせるなよ」

「ええ本当に申し訳ありません! 人の名前を間違えるなど、人として最低の行いです。ねえ葛城さん!」


 と、室戸は、椅子から飛び上がりこちらに掌を向けた葛城へ向け言った。彼女は険しい顔を浮かべたまま姿勢を崩さない。


「……こいつ、何?」

「元勇者だ。敬えよ」

「敬って下さいね、葛城さん」

「冗談は止めて。何者って聞いてるのよ。こんな島に、こんなのが押し込まれているなんて」

「冗談を止めるのは貴方ですよ葛城さん。腕を下げて下さい。我々は彼に何の権限も持たず、彼は何ら罪を犯していないのですから」


 その言葉に、葛城は渋々腕を下げた。しかしその顔つきは険しいままで、警戒するように俺を睨んでいる。かーっ強者の気配漏れ出ちゃったかなーっ! つか挑発すんじゃねえよボケ。でも室戸の脂汗が凄いのが面白いから許す!


「それで、トーテンツさんにはどう伝えましょうか。貴方の生存をお伝えしてもよろしいでしょうか?」

「あー、聖女様は面倒臭いからなあ。また泣かれちゃ困る。聞かれるまで黙っといてよ」

「分かりました。ではそのように」


「それでは証拠として。はい、チーズ!」と室戸がカメラを向けてきたので満面の笑みを作る。「うわ……」と葛城がドン引きしたような顔を向けてくるが、人の顔を見て引くとは甚だ失礼な奴である。


「うん。バッチリ写ってますね。イケメンです!」

「だろ? モテモテな俺は異世界じゃハーレム王だったからな」

「はは! 男としては羨ましい限りですね」


「いや本当に。貴方のモテっぷりのお陰で死ぬかと思いましたよ」と急に室戸は立ち上がり、「えっ、ちょ」と狼狽える葛城を引っ張って出て行こうとする。


「それでは! また近く会いましょう。今度は多分、この島ではない何処かで!」

「聖女様はそこまでか?」

「そこまででしたよ」


 ふうん。


 室戸はそこでふと、全ての作り笑いを打ち消すようにげっそりとした溜息を吐いた。しかしすぐに笑みを作った。


「まあ、世の中は大変なことでいっぱいです! お互いに頑張りましょうね、カワセミさん!」

「それで本音を見せたようにして、胸元に入り込むわけだ。食えねえよなあ。マムロ先生の事も知ってたろう?」

「頭がおかしくなったのは事実ですし、本音は本音ですよ。別の本音もあるわけですが」


「ではまた!」と、室戸はそう言ってやりたいことだけやって帰って行きやがった。ああいうのが出世する人間なのだろうか。嫌な話だなあ。



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