第11話 流星が来て悲鳴を上げる
今日も今日とて平和な外遊びの時間だと思ったら、海の遠くから駆動音が聞こえている。それは凄まじい速さでこの島に向かって来、殆ど衝突するかのように船着き場に着いた。
船である。流線型のボディが素敵なフェリー船という感じだ。しかし鈍色の船体には夥しく傷が付き、焦げたような後さえある。まるで戦地帰りみたいだあ。
「誰のお客さん?」
「誰のお客さんでもないね! 強いて言うならオワリお姉ちゃんかな? オワリお姉ちゃんを知っているわけじゃないけど!」
「……ふふ、意味が不明です」
どやどやとグラウンドに集まって船を見ていると、転げ落ちるようにして次々と上陸してくる。変な格好である。一般人と軍人の中間と言おうか、軍人を真似たようなカーキ色の服を着て、肩には機関銃を提げていた。
「おー本当にあった! 本当にあったぞ! ははは!」
「これで助かるぞあーよかったよかった!」
「アラタメぇ」
「うい旦那」
虚空に声を掛ければ音もなく現れた。フードを深く被り、斑模様の髪を決して見せないようにしている。
「なにあれ? 海賊か? 宝島発見って感じだが」
「巷で話題のテロリストって奴じゃねえですかい。何せほら見てくだせえよあいつらが時代錯誤に持っている旗の名前よっく覚えがありまさあ」
「あー……」
アラタメが指差した先、そこには赤地に白文字で『四散会』の字があった。善良な市民団体どころか暴力団じゃねえかよボケ。
「おう良かった。あんなのが儂の部下と関わりがあるはずもないのう。どこからどう見ても脳細胞が弾けている奴等じゃ」
「愚民ですらない夜盗共か。さて、何を盗みに来たのやら」
それで見つめている内に奴等は威圧的に銃を向けながらグラウンドに乗り込んでくる。最近ほんとに来客が多いよな。こいつらは客ではないが。
「あー、誰が尊神終って凄え名前だよな。終わりって普通、娘の名前に付けるか? んで誰よ? 大人しく言えよ」
「……あ、私です。はい」
「おお、車椅子の嬢ちゃんか。じゃあこっちに来な」
「……ええー、何故ですか?」
「誘拐して尊神尊氏と取引をするからだよ。お嬢ちゃんあれの私生児なんだろ? だからこんな変な島に閉じ込められているんだ」
髭面の男は流暢に要求を言い渡す。船の中にまだいるとは思うが、この場に出てきているのは総勢二十名。力量を見るに制圧は容易いが、それよりも気に掛かる事があった。
空の彼方から、流星が迫っているのである。
「何もしなくて良いんじゃない? カワセミお兄ちゃんが何もしなくても、全部すぐに終わっちゃうよ」
「じゃあ眺めているとするかあ」
「……ふふ、酷いですね。攫われようとしているのに、放置ですか」
「はい余計な口を叩くなよっと」
バスバスと足下に銃弾が撃ち込まれる。下卑た笑いが木霊する。うーん、三下って感じ。そこんところどう思う? 流星くん。
口に出していないので当たり前だが、返答はなく、代わりに海に墜落する。その衝撃で船は真っ二つに砕け、船着き場が砕け散る。波飛沫は蒸発し、濛々と煙が立ち込める。
「……もう来やがった。おい人質を囲め」
「ヘッタクソじゃのうお前ら。つけられとる時点で失敗じゃわい」
「おう爺さん大人しくしろよ? こっちは嬢ちゃんさえいれば他はいらねえんだからな」
「加えて情報収集能力もお粗末と。こりゃ罠に使われたのかのう」
ベラベラと馬鹿にしたように言うヨビソン爺さんに対し、チンピラの一人が気早って銃弾を撃ち込んだ。ドカドカ身体に穴が空くが、爺さんは血の一滴も流さずにけろりとしている。
「……異能者か?」
「だとしたら、儂はお前らのお仲間かの?」
「抜かせ妖怪爺」
そんな脅しをしている暇はないと思うのだが。そら、ヨビソン爺さんに機関銃を打ち付けようと振りかぶった奴の眉間が、今まさに光線に貫かれた。慌てて銃口を向けたって遅い遅い。
「おいお前! この嬢ちゃんは尊神の血を引いた娘だぞ! 何かありゃ首が飛ぶのはお前の方だぜ!」
「とか言っている間に三人死んでいるんだが。笑っちゃった」
「だから全く笑ってないの止めろ。気色悪いのじゃ」
音もなく光線は撃ち出され、瞬間にチンピラ共の頭を撃ち抜いていく。髭面の男は焦ったようにオワリちゃんに銃口を突き付けるが、流星くんは気にした様子もなく光線を打ち続ける。
しかし近付いてきたので分かったが、くんではなくちゃんである。仏頂面を浮かべた、燃え上がるような赤髪が特徴的な、年若の少女であった。
「こんな三下に駆り出される私の身にもなって欲しいんだけど。銃を突き付けて手を挙げろって? この私に? 笑える」
「おっ、俺と同じく全く笑ってないのに笑えるとか言ったぞ。あれは気色悪くないか爺さん」
「ちょっとキショいの。しかしまだ若いのでオーケーじゃ」
「……何なの貴方達? 呑気?」
呑気も呑気、ぐだぐだであった。オワリちゃんは銃口を突き付けられているというのに欠伸をしており、メルニウスなどはスケッチを再開している。というかマムロ先生がいれば初手発狂で終わっていたのだが、何やら書類仕事で忙しいようで出てこない。
しかし、そんな様子が癪に障ったのか、髭面の指示によって俺の銃弾が浴びせられる。撃っても良い奴扱いされるのは二度目だが、そんなに雑魚に見えるのかな。まあ効かないんだけど。
チンピラ共の顔が驚愕に引き攣る。震える手で錯乱したように銃を撃ち続けるが、その尽くを危ないなカナナナくんとかに当たったらどうするんだよって事で掴み取っていった。
「……やべえ。どうやら俺達が迷い込んだのは妖怪島だったらしいぜ」
「迷い込んだっていうか乗り込んできただろ」
「黙れ化け物が!」
冷静な指摘にも関わらず、髭面は青筋を立てて流星ちゃんを睨む。それに対し彼女は意外そうに俺を見つめた。
「へえ、中々の強度の異能者か。それともそいつらと同じく魔法使い?」
「魔法使い? 銃しか撃たねえこいつらが?」
俺が知らない間に、何時から杖じゃなく銃を獲物にするようになったんだ、と思ったら本当に奴等は魔法を唱え始めた。杖は懐に仕舞っていたらしく、文言を紡ぎ上げて防壁を構築する。下手糞だなあ。
というか、良く良く見ればチンピラの中には妙に耳が尖った奴も居た。エルフ、と言うかハーフエルフかな? 異世界住民だ。何だか懐かしい。
「じゃあ平伏しろよお前。俺は元勇者だぜ。元勇者カワセミ。この名に震え上がれよ」
「はあ? んなわけねえだろ勇者様はもう死んだ……あ?」
ぱちくりと、エルフくんは目を丸くして瞬きする。次いで顔が引き攣る。一瞬にして歯の根が合わなくなった。
「……なん、な、なんで」
「残念だったな、トリックだよ」
「ひ」
こっちはにこやかに冗談を言ったというのに泣きそうになるとは酷い奴である。エルフくんは直ちに銃も杖も捨て、果敢に戦う仲間さえ見捨てて平伏した。
「違います、違います! お許し下さい勇者様! わた、私はですね、ああそうだ。これには事情が!」
「元勇者な」
「おいお前何をやっていやがるクソエルフが!」
「うるせえ黙ってろ! 全員今すぐ平伏せこのボケ共……があっ!?」
「ボケが死んじゃった」
「遺言がボケとか笑えやすねぇ旦那ぁ」
綺麗に脳天を撃ち抜かれて仰向けに倒れる。仮にもエルフのくせに銃なんかを手に取った罰だろうか。これはジョークである。だって罰は俺が殺したし。
というか魔法防壁が見事に貫かれたんだが。チンピラ共の銃弾もまるで効いている感じがない。彼女に届く前に光線が自動的に撃ち落としている。あれはあれで魔法っぽくない、恐らくは異能とか言う何ちゃらなんだろうが、実に便利そうである。
そうこうしている内にチンピラ共の数は見る見る減っていき、遂には髭面と他五名。これが戦争だったら撤退ラインはぶっちぎってるな。このまま玉砕を決めるつもりか?
「あークソ。クッソが。どうしてテメエみてえなクソ強い異能者が邪魔し来んだよクソが!」
「そんな事私が聞きたいわ。貴方達如きに私が向けられるなんて時間の損失でしかない」
「ああ畜生。クソがテメエ殺してやる!」
流星ちゃんは殲滅から生け捕りに方針を転換したようで、チンピラ共が持つ銃を破壊していく。もう勝てないね。お疲れ様。とはならぬようである。
「チッ」と舌打ちをして髭面が杖を抜く。光線が届く前にチンピラの一人を掴み上げて盾にし、文言を紡ぎ上げた。
その呪文の完成に合わせ、チンピラ共がバタバタと倒れていく。生贄か。いや吸収か? 髭面の肉がボコボコ盛り上がってうわキッショ。
「反転魔法か。また古い物を使うのね」
「反転魔法って?」
「戦争でめちゃ使われた奴じゃな。頭の中をひっくり返して人間性を反転させる奴じゃ。同士討ちに効果的じゃぞ」
「すっげえ非人道的兵器じゃん!」
「味方に使う想定はされてなかった物なのだがのう。玉砕ならもっとまともな手段もあるじゃろうに」
膨れ上がった肉は皮膚を破り、筋肉達磨の怪物となった。そこまでして何がしたいんだか。しかし元髭面の現筋肉達磨は思ったより冷静で、むんずと車椅子を持ち上げた。
「これが獣か?」
「ほおー、人間性を残しているようじゃな。改良されたのかのう。改良する意味もない代物じゃが」
「……貴方達、本気で何者なの? ま、それはこいつを片付けてからか」
「……きゃー」とオワリちゃんは俺にぱしぱしとウインクを放ってくる。助けて欲しいらしい。余裕そうだな。
「けーっガキのくせに色付きやがってロリコン受けするガキが。ねえ旦那はロリコンじゃねえですよねえ俺みてえな大人の女が好きでしょう?」
「お前何歳なの?」
「えーそりゃ二十……二十……二十だったかな良く覚えてねえやそんぐらいでさあ旦那は二十六ですよねそう言ったって聞いてますぜお似合いの年齢じゃないですかぁえへへ」
二十の割には身体に起伏のない鰻のような女である。「失礼なこと考えてやせんかい旦那ぁ」と絡んでくるのがまた鰻のようだ。黒いしな。鰻の蒲焼きを食いたくなってきた。
そんな事を言っている間にも流星ちゃんはビームを放ってオワリちゃんを掴んでいる腕を弾け飛ばす。落下する車椅子をよっとキャッチすれば「……遅いです」と不満げに一言。「……それと、人任せにするとか酷いです」と手厳しい。
しかし、ここまで力量差があれば俺がすることなんぞ何一つとしてないのである。光線は次々と肉達磨を撃ち抜いて穴だらけにし、グラウンドに血飛沫を上げていく。汚い。そして雑である。いや生け捕りにしようとしているのか。頭だけが残った肉塊を見てそう思った。
「この状態で物を喋られるのか、というか生きているのか?」
「まー上手く使えば一体だけで市街地を壊滅させるくらいには生き汚いぞ。頭から他の生物を吸収して生命維持が出来るからのう」
「ゾンビか?」
「何で貴方そんなに詳しいのよ。何者よ。というか何なのよこの島は」
流星ちゃんは肉塊を足蹴にして胡乱げな目でこちらを見る。その質問に関してはこっちが知りたいけどな。島の名前すら知らねえんだよ。
「第六調査局は一級調査員の葛城亜門よ。この島に関しての情報開示を求めるわ。責任者はどこに?」
「見ない方が良いと思うがのう」
「うん見ない方が良いと思うよ! お姉ちゃんじゃ耐えきれないからさ!」
「カナナナくんもこう言ってるし、止めといた方が良いと思うぜ。あの横穴の奥で書類仕事をしているけどさあ」
「ふん。ご親切にどうも」
葛城は俺達の優しい忠告を無視し、肉塊をふん縛ったその足でずかずかと監獄へ乗り込んでいった。あー俺知らね。第六調査局とかどうたら言ってたけど、まあ苦情はマムロ先生がどうこうしてくれるだろ。
「我は少々哀れに思うぞ。あれは止めて聞かぬ質と察せられるが、しかし目に見える悲劇を放置するのは皇帝として不甲斐ない。止めに行くぞカワセミよ」
「なんだって俺なんだよ」
「貴様が一番強いからだ」
「そ、そんなこと言われても嬉しくないんだからね!」
「おっ、全く表情を変えずに言う奴の新パターンじゃな。キッショ」
ヨビソン爺さんはいつも通りにからかってくるが、そんなに俺の表情筋は死んでいるのだろうか。こっちだって冗談を言うつもりで言っているのだから和むくらいはしてほしいものである。
しかし面倒くせえな。だって今し方、通路の奥から「ぎにぇ」とかいう変な声が聞こえてきたんだもの。もう終わりだよ彼女。
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