第6話 煙草! 酒! そして戦闘



「煙草煙草タバコ! 酒酒酒酒っ! 健康的な生活も良いがそろそろ摂りたくなってきたぜ!」

「カスじゃのお。儂の禁煙秘術を教えてやろうかのう? 簡単じゃ。肺を取れ」

「内臓が無いぞう爺さんのガン治療法はどうでも良いとして、マムロ先生お願いしますよ患者が必要としているんですよ!?」

「アルコール依存とニコチン依存……と。ここは病院なので禁酒禁煙ですよ」


 そう言われ、代わりに渡されたのが味のしないガムである。こんな物を幾らくっちゃくっちゃしてもくっちゃくっちゃするだけでくっちゃくっちゃなのだからどうにもならない。どうにもならないので別ルートを頼ることにした。


 大体、ここは監獄だ。監獄ならば商人の一人や二人居るのがセオリーである。そう思い、俺が目を付けたのはヨビソン爺さんだった。新聞紙手に入るんだからタバコくらい何とかなるだろ。


「明日のおやつと交換」

「ガキか? お主の知識と引き換えで、一週間待つならいいぞ」

「一週間!? チッ、カナナナくーん!」

「おい舌打ちで会話を終わらせるなよ失礼な奴じゃのう」


 うるせえよ秘蔵の酒はどんなに頼んでも一滴も分けてくれねえくせに。どうせ要求も法外なものに決まっている。ここに法があるか知らんがな。


 カナナナくんは集中してトランプタワーを作っていたが、俺の言葉に顔を上げて「後でね!」そう言って再び集中し始めた。こりゃ暫くはどうにもならねえな。


「皇帝様ぁ、酒とタバコ」

「帝国の宝物庫にはそれはもう見事なコレクションが並んでいるが、生憎、今の我は貴様と同じくヨビソンに用立てねばならぬ身よ。大体にして嗜好品はあくまで嗜好品。それに欲求を乗っ取られるなど皇帝として……」

「あーはいはいお説教ありがとうございます」

「最後まで話を聞かぬか。以前の余りは残っている。貴様がその無礼な態度を改めれば下賜するも吝かではない」

「何なりと御用を申しつけ下さい皇帝様」

「3点。その嫌そうな顔を繕う努力くらいはしろ」


 すげなく断られてしまった。だって仕方ねえじゃん。上から命令されるなんて殺意しか湧かねえんだもん。その代わりにタバコをくれるなら温情がある方で、更なる厄介事を抱えさせられるのが常だったわ。


 そんな俺の様子を見てオワリちゃんがクスクスと笑っていた。車椅子の上に真っ白な病院着を纏って涼やかである。彼女は悪戯っぽく笑って俺に言った。


「……私には頼まないんですか、カワセミさん?」

「何にも出てこなさそうだからね」

「……頼めば現れるかも知れませんよ。奇跡的に」

「奇跡的に。はは、奇跡的に。じゃあ頼んでみようか。生き血を捧げますのでありったけの酒とタバコを下さい」

「……あは。出来ません」

「なんなの君?」


 本当に楽しそうにくすくす笑っているが、何がオワリちゃんのツボに入ったのかはまるで分からん。仕方がないのでくっちゃくっちゃガムを噛んでいると、その内に本日の外出の時間となった。


 早朝までは雨が降っていたようで、広いグラウンドは斑模様に湿っている。草原にも露が残り、突き抜ける風の中にむっとした自然の匂いが濃く現れる。


 蒼天は遥かにして雲一つ無く、澄み切った青が涼やかである。海に近く、人工物が付近に存在しないからか、雨過天晴の美をそのままに表わしているようだった。


「だぁ、ん、なぁ!」


 けひゃけひゃ笑いながら寄ってきたのはアラタメである。春の暖気はすっかり本格的なものとなり、春風にさえ寒さを見つけることは出来ぬというのに、彼女は見慣れた重い黒フードを被ったままでいる。暑くねえのか。


「まあいいや。タバコくれ」

「俺ぁ吸いませんよ臭いも熱も出るでしょう肺も悪くなるし良いことあるんですかい? まさか旦那が喫煙者だったとは嫌だなぁちょっと幻滅ですよ喫煙はガンのリスクを高めるんですぜ」

「暗殺者にタバコのリスクを説かれるとは思っても見なかった」


 アラタメは何の意味があるのかわざわざ近寄ってからフードを外し、斑模様の髪色を晒した。ニヤニヤと良く喋る口は常の通り弧を描き、地面に向けて吐き捨てるように喋っている。


「まあどうしてもってんなら支給品が余ってるのであげますが。こっちが要らねえつってんのにも関わらず送ってくるんだもんなあ俺ってひょっとして無視されてるんですかね俺の存在は公的にはないものになってるとかありそうで困らぁ」

「おうサンキュ。今すぐで頼む」

「委細承知! あいよただ今!」


 そう言って風のように飛び出すと、彼女はグラウンドの隅に立てられている小さな家屋に飛び込むと、一分もかからずに戻ってきた。一カートンに加えて酒瓶。琥珀色のそれは上等なもののようで、蓋が蝋でしっかりと封じられている。


 アラタメはニヤニヤ笑い、自慢するようにそれらを両手に掲げた。俺が手を伸ばせば「おっと!」と大袈裟に声を上げる。


「まぁさか旦那ともあろうお方がただで物をせしめようとは思ってないですよねえ物には対価が必要な事ぐれぇガキでも知ってらぁ」

「悪いが勇者にガキの理屈は通じない。あらゆる物資や人材を文句言われようが徴収できるのが勇者特権だ」

「強盗かなんかですかい? ま、いいや。とにかくこれが欲しけりゃ俺を倒してから手に入れるんですねぇ!」


 最初っからそう言えば良いのに、と思っている内にアラタメは酒瓶とタバコを宙に放り投げて向かって来る。


 踏み込みは深く一気に懐まで。黒フードの裾奥に短刀を翻し、身体の回転と共に首を狙う。それを避ければもう一刀。股下から抉るように顎を狙う一撃を、一歩下がることで対処する。


「おうなんだ、喧嘩かのう」

「貴様ら、余興は我を呼んでから始めろ」

「呑気かあんたら」


 ようやく落ちてきた酒瓶とタバコを受け止めながら、繰り出される一撃に足先を以て打ち合う。そのまま裾奥に潜り込ませる。左足首を爪先に跳ね上げ、その間に来たる右手を回避。空いた身体に蹴りをぶち込んだ。


「ひひひっ脚だけで俺を殺すつもりですかい旦那ぁ舐められたもんだなぁ畜生強え流石だ」

「まあ確かに俺は流石だ。流石すぎてどうしようもないくらいだ。だがこっちもさっさとタバコを吸いたいんでな」


 よっと酒とタバコを放り投げる。酒瓶はマムロ先生がにゅるにゅる掴み、タバコは車椅子の上、オワリちゃんがキャッチした。「ぼくもぼくも!」とカナナナくんが両手を上げていたので、顔面に飛び込んできた短刀を膝蹴りで跳ね上げて飛ばしてあげた。


「うわあっぶないよカワセミお兄ちゃん! なに考えてるわけ! 分かってても身体が追い付かないんだよ!?」

「悪い悪い」


 くるくると空中に回って短刀は地面に突き刺さる。それに「ひひひ」と歪んだ笑みを浮かべ、アラタメは二、三歩距離を取った。


「乖離していやすねぇ断絶していやすねぇそこに至るまでの道程がさっぱり見えねえ俺ぁ目は良い方だとは思っているんですがね、何をどうしたらそこまでになっちまうんです?」

「えー、自分を殺さない程度に殺し続ける事?」

「そいつは確かに! ええ、ええ。殺戮の内に酔いも目覚めもせずひひっしかしそいつは程度じゃあねえでしょうがよおっ!」


 ぐいと背を屈めてアラタメは飛び出す。地を這い目を爛々と輝かせる様は四足獣の突進に似て、しかし脛を狙った刀が躱されたと見るや、直ちに右手を軸に飛び跳ねる。


 踵が煌めいた。仕込み刀の一種か。よくよく仕込まれて首を狙う。同時にもう片足、そして左手が肉を狙う。彼女の姿は、それ自体が回転する刃のようである。


 しかし肉は肉に過ぎない。関節に数発打ち込んでよろめかせ、揺らいだ背に向け掌底を一つ。くるりと舞わせ、地に足を付かせる。にやりとアラタメが笑った。


「手ぇ使わせましたぜ」

「使っちゃった」

「いやいや乗らなくて良いんですぜ別に使うなとも使わないとも言っちゃあいねえんですからははは」


「……どっちが勝ってるんですか?」とオワリちゃんがみそぎさんに聞いた。「どっちでもいいですよう。喧嘩は駄目ですよう」と、みそぎさんは呑気に怒っている。マムロ先生に止めて欲しいと言っているようだが、彼は先程から「うおー! どっちもがんばれー!」と観戦気分であった。


「いやあ、格好良いですねえカワセミさん。私も触手が震えてきちゃいますよ。何か格闘技でも習っていました?」

「子供の頃から空手を少々」

「空手なんて欠片もなかろうが。お主のそれは喧嘩殺法、戦場格闘よな」

「我流ってかっくいいすよねえ旦那ぁ。俺ぁ習ったもんが骨の隅々まで行き渡っていやしてね、そこに後付けすんのは得意なんですが最後には慣れたもんに頼っちまう柔軟性に欠けやすねえ」


 言いながら剣戟は加速度的に鋭さを増していく。一刀を二刀が追いかけ連続的に急所を狙う。あらゆる場所から短刀が生え、あらゆる場所から殺意の一手が繰り出される。


 器用だな。手品でも見ている気分だ。黒フードの下には恐らくみっちりと暗器が詰まっているんだろうが、それを十全に使いこなして一手毎に慣れさせない。初見殺しのバーゲンセールみてえな奴だ。


 が、そういう奴をぶっ殺し続けてきたのが俺な訳で、即ち何が言いたいかというと、そろそろタバコが吸いたいのでけりを付ける。


「地面よーう」

「あっ魔法うっっげええっ!?」


 超短縮魔法により地面が隆起し、アラタメを宙に吹っ飛ばした。自由落下するその腹を蹴っ飛ばせば動かない。俺の勝ちであった。


「……急に魔法使うとか、カワセミさんは狡いですか?」

「まあ初めから縛ると決めていた訳ではないが、急に使い出すと印象が悪いぞ、客将よ。コロシアムで見せれば罵声が飛んでくる」

「うるせえいいだろあっちが勝手にふっかけてきた喧嘩だ。おい生きてるか?」


 黒く地面に丸まっているアラタメに呼びかければ、「んげぇ」と呻き声が帰ってきた。生きているらしい。どころか傷も浅いようで、直ちにくるりと回って立ち上がった。


 土埃に塗れた顔は上気して赤らんでいる。子供のように目を輝かせてこちらを見、勝手に手を握ってきてぶんぶん振り始めた。


「いぃやぁ流石は俺の見込んだとおりの人ですぜ旦那ぁ! まぁるで見えねえし通じねえんだもん自信喪失しちゃうなあ怖えよひひひでも嬉しいなあこれで退屈な毎日に刺激的で色鮮やかな趣味が出来たんだからなあ!」

「趣味とか。付き合うつもりはないぞ」

「良いではないか。貴様もどうせ毎日暇だろう。道化師との打ち合いも我が無聊の慰めにはなる。許可するぞ」

「へへへ皇帝様ありがとうごぜえやす」

「俺の意見が全く取り入れられてねえんだもんな。笑っちゃうよ」

「だからその全く笑ってねえのに笑ったとか言うの止めよ。気色が悪くて鳥肌が立つのじゃ」


 どうでも良いが、とにかくこれでようやく煙草が手に入った。オワリちゃんから「……勝利の報酬ですよ」と受け渡されたカートンの封を切り、火を「あっちいって下さい。カナナナくんが居るでしょう」「あ、すいません」しょうがないのでグラウンドの隅に行く。


 それで火を、火、火を……「へい」「おっ、ありがと」アラタメがライターを持ち出して火を付けてくれた。それで一息に吸い込んで吐き出して、暮れる太陽に背を伸ばす。アラタメがニコニコと俺の横顔を見つめている。


 ううん、糞不味い。なんだこれ。


「マッズ。なにこれ。お前毒でも混ぜやがった?」

「ええーいや十分高級なやつですよ俺ぁ趣味じゃないので詳しくは知りやせんがねおっかしいなあ」

「じゃあ現実の煙草が糞不味いって事!? 俺の数少ない、現実に戻ったらしたかったことの一つが、こんな形で……」


 まあ確かに異世界で吸ってた奴は薬草やらなんやら詰め込んだ、煙草と言うより吸引型の回復薬のような物だったが、それにしたって何だよこの味。煙り臭くって、いや煙り吸い込んでいるんだから当然なんだが、それにしたって臭いわ。臭い。もういらない。


「やっぱ酒だな! 煙草吸ってる奴とか頭おかしいもんな! 酒! 酒は……どこに行った?」

「あの触手の先生がぬるぬる身体ん中に隠しましたぜ。ありゃあ隠れ飲むつもりでさあ」

「はあ!? あの触手酒飲むのかよ。アルコールでぬめりが落ちるだろ大丈夫か!」

「そこなんですかいっていやいや待ってくだせえよもっと話しましょうようねえ旦那ぁ!」


 鬱陶しく絡んでくるアラタメを振りほどきつつマムロ先生を追いかける。マムロ先生は触手のくせにしまったとでも言うかのような顔……顔? を浮かべ、鉄扉の前に居た。


「おお、カワセミさん。もう皆さん入りましたよ。さあ、貴方も」

「酒」

「……か、カワセミさん、私は医者として忠告しますがね、過度のアルコールの摂取は身体に害をもたらします」

「酒」

「……ごめんなさい。お酒大好きなんですよ。少しだけ、少しだけ、分けて下さい。お願いします」

「この酒カス触手!」

「けーっこの触手先生狡いですよ俺も旦那と酒飲みてえってのになぁねえ俺も入って良いですかい一度入ってみたかったんですよぉ」


 アラタメは口を尖らせマムロ先生の触手を短刀で突いている。ぶよぶよと跳ね返すばかりで切れていない。不思議生物だ。


「ねえ良いでしょう旦那ぁ。俺ぁお酌してあげますよ俺の生まれて初めてのお酌ですよぉ良いじゃないですかちょっとぐらい」

「お前この中に入りたいとか気が触れてんな」

「……患者以外を病棟に入れるわけにはいきません。分かって下さい」

「俺の出した酒ですよ駄目なら返して下さいよそうして後で旦那と二人で飲むんでさぁ」

「……背に腹は代えられませんね」

「あんたは代えられるだろ」


 というか背も腹もないだろ。というかそんな事で入れちゃって良いのかよ。と言いたいことは枚挙に暇が無いが、面倒臭くなったし、何より卓を囲む人数は多い方が楽しいと俺は思う。それに元々はアラタメの酒だしな。


 そんなこんなで、その日は酒瓶を囲んでどんちゃん騒いで楽しかった。マムロ先生、酔うと脱ぐんだな。メチャクチャ発狂しそうで面白かったぜ。



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