第62話 契り
「だって私、貴方の一番になりたいもの。
凛麗にも黎貴妃様にも、誰にも負けない。私が一番に蒼龍の子を産むの」
「だから、なんでそうなるんだ?
そもそも、そういうのは天の差配で決まることで……しかもそうなると、また後継がどうのってドロドロした話に」
黎妃の懐妊の話が頭を過ぎり、蒼龍はふと顔を曇らせた。
小蘭はさらに押し迫る。
「大丈夫よ、私は戦うから。それに、蒼龍はもうすぐ戦に出てしまうんでしょう?
皇帝だって戦場での怪我がもとで、子を作る事が出来なくなった、って聞くし。
戦だもの、“万が一” もなくはない」
「だから。ヒトを勝手に殺すなっての。大体、子どもつくるって言うけど。君、一体何をするのか、分かってんの?」
「うっ……まあ、それくらい分かってるつもりよ?もう子どもじゃないんだし、勉強だって…されられるし…」
「ほーーそうか。では訊くが、この流れだと、今すぐにってことだよな?俺と、ここで」
「……」
急に勢いを無くし、俯いてしまった小蘭に、今度は蒼龍が迫った。
隠した顔を覗き込み、耳朶に唇が触れるくらいに近づける。
小蘭がぎゅっと身を硬くした。
「今まで散々ヒトをど変態呼ばわりしてた癖に。どういう心境の変化だ」
「だ、から…それはさっき言ったじゃない。蒼龍ヤだ、くすぐったいっ」
顔を隠すようにして縮こまる小蘭の耳許で、蒼龍は囁いた。いつもと変わらないからかい口調が、幾分艶めいて聞こえる。
「ふーん。実をいうと俺、もうひとつ、君に手が出せなかった理由があるんだ」
「…た、タたないとか言ってたやつ?それとも胸が足りないとかって…
きゃあっ」
蒼龍は、素早く小蘭の顎下に手を入れて、半ば強引に小蘭を上向かせた。目が合うと、小蘭は所在無さげに視線を逸らす。
「な、何よ」
「ちょっと違うな。勃たない、は嘘。君の胸の発達には、かなり前から気づいてたし。我慢するのがキツいのなんの」
「…ばか」
「なんて言おうか、体格の差?
見てのとおり、胡族の小蘭は、民族的に小柄だし、俺は夏国の男の中でもデカい部類だ。つまり、ソッチも体格に見合うモノがついてる訳で、君を無理矢理どうにかすると、かなりキツいんじゃないかっていう」
「し、知らないわよそんなの。やって見ないと分からないでしょ!
……ってかソレ……そんなに大っきいの?」
「まあ身長相当かな、見る?」
「見るかっ!」
ムキになった小蘭に、蒼龍は屈託なく笑った。
「あはは、冗談、ではないが。まあ君がそこまで乗り気なら、さほど心配は要らないだろ」
「乗り気って、私は真剣に……」
「まあ聞け、小蘭、夏国四千年の歴史には、度重なる試行の末、快楽の粋を極め、皇家にのみ伝わる、閨房の術があるという……いーや、ある」
「何それ、逆に怖いんだけど」
蒼龍がぐっと顔を寄せてきたから、小蘭は同じだけ身を引いた。
「それは、催淫の香であったり、媚薬の開発だったりするわけだが、生憎ここは野外で、助けになる香も媚薬もない。
だが、安心していい、幼少から詰め込まれた帝王学の末、遂に俺はこれらを凌駕し、生来の精気を高める究極の
それは……」
「ちょ、待ってよ。私まだ心の準備が」
「こうだっ」
「きゃあっ」
蒼龍は、膝上の小蘭を思いっきり抱きしめると、緩やかな傾斜の草地を下方に向けて、ごろんごろんと転がった。
「あははははははははははっ」
「きゃーーーーーーーーーっ」
緩やかな坂の下でふたりの回転は止まった。自身を抱いたまま、上体を起こした蒼龍に、小蘭は思い切り文句を言った。
「ちょっと、いきなり何するのよっ、髪飾りも衣装も、ボロッボロじゃない。
あー、もう。夏国四千年の技術テクニックよ。せっかく頑張って整えたのに」
「あっはっは。でもさ、これで俺たちいつも通りだろ?」
「まあ、確かに」
「つまるところ、色恋の秘訣はリラックスってことで」
「でも、」
まだ何か言いたそうな唇に、蒼龍の指が微かに触れた。
「さ、そろそろ遊びの時間は終わり」
蒼龍は、小蘭を見て愛おしそうに目を細めた。
何かに魅入られたかのように、動きを止めてしまった小蘭の後頭をそっと撫でつつ、軽く唇を合わせる。
「あ、の」
「小蘭」
もう一度、角度を逆に変えて軽いキス。ぴくりと痙攣した身体を、もう片方の腕が包む。
「さっき言ったとおりだ。抱けば俺は、きっと君を一生離さないぞ、それでいいか」
「……いいわ」
大きな手が、震える肩の曲線を優しく撫でる。
同時に、スルリと上衣が下ろされる。啄むように、唇の柔らかさを楽しみながら、彼は囁きを続ける。
「そうなれば君は、生涯を後宮に囚われて、自由を制限される。一夫一妻の、男女の幸せは望めない。今なら引き返すことも出来るが、いいか」
「
甘いキスが繰り返される。
「なら、もう俺は待たないよ」
「蒼___」
ひときわ強く、蒼龍は小蘭を抱きしめた。深いキスに、小蘭はすっと目を閉じた。
二人の影が、ひとつになって重なった。
「君が好きだよ、愛してる———」
________
月の白い光に照らされ、星の瞬きに見守られながら、二人は広い草地に寝転んでいる。
藍を基調とした金糸の皇衣を惜しげもなく下に敷き、薄絹の衣を上にして、蒼龍の肩腕を枕にすると、小蘭はすっぽりと彼の腕に包まれてしまう。
桃の葉の甘い香りを漂わせて、時折吹いてくる夜風は、火照った肌にかえって心地よい。
「明日後、発つ」
「うそ、そんなに早く」
起き上がりがけた小蘭の頭を抑え、腕の中にまた戻すと、蒼龍は二度、頭をたたいた。
「ああ。さっきも言ったが、さほど心配は要らない。実際、この制圧自体、半年もかからないと言われてるしな。
俺は、早く帰ってもっと君を抱き尽くしたい。次はさらなる快感を…痛っ」
「…ばか。あのね、蒼龍」
ぎゅっと手をつねられ、痛がる蒼龍を無視し、小蘭は初めて自分の不安を口にした。
「凛麗が言ってたの。蒼龍はこの戦の「総大将」で、それは曺丞相の推挙なんだって。きっと、敵は相手ばかりじゃないわ。味方の中、奥の奥にだって居るかもしれない。
曹丞相がそれだとは言わないけれど、後ろからバッサリやられたら、いくら蒼龍が戦に出なくったって」
「………。
呆れたな、どこまで情報通なんだ。それとも野生の感ってやつか?確かに、カリスマだった親父の支配力が薄らいだ今、宮中に敵が多いことは確かだ。
曹との意見の対立も、最近の朝礼では珍しくないし、別に隠した話でもない。
ただ小蘭。別に俺も敵ばかり作ってきたわけじゃない。信頼できる仲間や配下はちゃんとあるんだ。
そのために我儘を抑え、周囲の勧めや古式ゆかりの作法も受け入れた。
君の心配しているような事も、当然折り込み済み。
実は、逆にこっちから向こうを炙り出してやるつもりで、奴の推薦を受けたんだ。
見てろ、必ず奴の尻尾を出させてやるから」
「うわあ…さっすが蒼龍、腹黒いわ」
「おう、もっと褒めろ」
口では悪態をつきながらも、小蘭は胸を撫で下ろしていた。
そうよ、
でも。
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