第61話 誓い

 「戦と言っても、皇族おれたちの場合は、幾重の護りに囲まれた本陣のそのまた奥に引っ込んで、作戦会議をしているだけ。

 敵と相対あいまみえることなど皆無で、死地に向かうわけじゃない。

 卑怯と言われても仕方がないが、本当に勇敢に戦っているのは、前線にいる兵士達だ」


 小蘭は、ぐっと唇を噛み、蒼龍を睨んだ。


「そんな顔をするなって。別に、安心させようと嘘を言ってるんじゃない。俺も最初はそれが嫌だった。腕に覚えもあったから、勝手に前線に出て行ったら、恩師のジジイにフルボッコにされて叱られた。

 “貴方の命が奪われれば、彼らの守りたい家族も、何千何万倍の民も困窮するのだ”と。“将の役割を間違えるな”と。


 以来、そういうことはしていない。恩師あいつの拳で、逆に死ぬかと思ったけどな」


「本当に?絶対に死んだりしない?」

「ああ、約束する。ってか、人を勝手に殺すなよ」


 小蘭はクスリと笑い、包の袖で顔を拭った。


「情報は凛麗からよ。仲直りしたの私達」

「へえ」


 蒼龍は、思わず目を見開いた。


「二人で決めたの。蒼龍を一緒に支えていこうって。凛麗は蒼龍のことが心配で、たまらなくなって私のところにやって来た。

 だから蒼龍は、もう私達のことで気を揉まなくっていい。私、上手くやっていくから」

「小蘭、その…俺は…」


 戸惑いつつも、何か言わんとする蒼龍に被せるように、小蘭は告げた。


「私、本当は蒼龍が凛麗を正妃にしたのが嫌だった。裏切られたって思ってた。

 キスを二度もくれた後なのに、どうしてって」

「だからそれは」


 小蘭は顔を強く横に振り、恥ずかしさを振り切った。


「私、どこかで思ってた。蒼龍に守ってもらって当然だって。

 凛麗のこともそう。『私のために仕方なく正妃に迎えた』って思ってた。

 自分の立場も、蒼龍や凛麗の気持ちもわかってなかった。


 私は側妃、凛麗は正妃。そして……蒼龍は今も黎妃様を愛してる。大事な戦を前に、二人の思い出の桃園ばしょに足が向いてしまうほどに。


 でも、それでいい、蒼龍のことを好きなんだから。これからもずっと、一緒にいたい」


 蒼龍は、再び小蘭の頬に伝った涙の粒を、人差し指で優しく掬った。

震える肩を、そっと片方の手で包む。


「……小蘭。俺だって、君を好きだよ?

 それこそ、出会った日からずーっとな。君の素直な感情は、いつも俺に人らしい気持ちを思い出させる。

 君の自由な奔放さは、時に困るが、宮中の窮屈さを忘れさてくれる。

 君がもし、これからもずっと俺の傍にいてくれるなら、俺は理想の俺になれそうな気がする。

 しかし……」

 蒼龍は、少し言い淀んだ。

 小蘭が、自分を見つめている。


「俺は絶対に皇帝になると決めている。それも先の世で、名君と呼ばれる皇帝に。

 それに君を付き合わせるってことは、色んな思惑や悪意が渦巻いてる、ややこしい世界に、君を引き摺り込むってことだ。

 君の幸福を思えば、早く俺から解放するべきだと、これまでずっと考えてた」


 小蘭が蒼龍にしがみついた。


「そんなこと!私の幸福を、蒼龍が勝手に決めないでよ」

「まあ、話しは最後まで聞いてくれよ」


 蒼龍は、肩を抱いていた手を後頭に回すと、いっそう深く、小蘭を胸の中に包み込んだ。


「手放せなかったんだ。俺以外の、誰かのもとに送り出すなんて嫌だった。

 これまでずっと、自由な小鳥を自分に繋ぎ止めておくために、言葉や態度で気を引いて、逃がさないように必死だったんだ。

 めちゃくちゃ格好悪いだろ?」


 胸の中で、小蘭が強く首を横に振っている。

 しばらく二人は、そのままの姿で抱き合っていた。

 冴え冴えとした月の光がその姿を淡く照らす。


 だが、蒼龍にとってそれは今や、温度のない、冷たい光ではなく、暖かな体温と清浄を感じられる光だ。


 やがて、小蘭が埋まっていた胸から顔を上げた。

「ん?」

 まじまじと見つめられ、蒼龍が首を傾げる。


「決めた蒼龍。私、あなたの子を産むわ」

「……は?ば、バカっ。いきなり何言い出すんだよ」


 顔を真っ赤にしている蒼龍に、小蘭はきっぱり言い切った。


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