第28話 初夜(2)
窓を閉めることも灯りを消すことも忘れ、小蘭はぎこちなくそちらへ進んでいった。
「大丈夫か、右足と右手が一緒に出てるぞ」
「エエ、ソウデスネ」
「おい、ホントに大丈夫かよ」
「ハハハ、ダイジョウブデスヨ、ソレデハ、シツレイシマス」
緊張でこり固まってしまった小欄は、
「そんなんじゃ向こう側に落ちてしまう。ほら、もっとこっちにおいで」
甘さを含んだ囁きとともに、蒼龍は小欄の肩に手を伸ばす。
指先が肩に触れた瞬間、
「はひゃんっ」
小蘭は妙な叫び声をあげ首をひっこめる。
「何だよ、変なやつ。そんなに俺がいたら嫌なのか?」
「や、違う、違うのっ」
蒼龍が眉根に皺を寄せると、焦った小欄は急速解凍されたように一気にしゃべり出した。
「あの、あのね。そりゃあこの一か月、ずっと覚悟はしてたのよ?
ただ何というか私、ほんの少し心の準備が…
あの、ほら。私、バツイチだけど実はこういうのは初めてだったりするし、どうしても緊張するっていうか。
あと、私と蒼龍、少~し身長に差があるじゃない?ちょっぴりだけど、怖いな~、とか思っちゃたりして。
だから私、別にあんたのことがイヤって訳じゃなくて、要するに慣れないっていうか、どうしていいか分からないというか」
ぐるぐる目を回しながら思いついたことを端から喋る小欄をポカンとして見ていた蒼龍だったが、やがて大口を開けて笑い出した。
「ぶ…ははっ、アッハハハハハハ…」
「な、何が可笑しいのよ、人が恥を忍んで打ち明けてるってのに」
「はははっ、だって。君一体、俺に何されると思ってたんだよ」
「そ、そんなの決まってるじゃない。蒼龍が前に言ったじゃないの。『ジジイより上手だ』とか『結婚したらこんなんじゃすまない』とかさ」
彼はようやく笑いを止めた。
「何だ、期待してたのか?そりゃあ残念だったな。俺、そんなガキみたいなのと子づくりしようとは思わないから。
もし俺とどうにかなりたいのなら、もうちょっと胸のあたりを成長させて…イタッ、こらっ、何するんだ」
「もう、バカバカっ、このエロ皇子っ」
「わっ!ちょっと、落ちるから止めろって」
小蘭は寝台に膝立ちになり、蒼龍に掴みかかった。手足を振り回し、防戦一方の彼を気が済むまで叩いた後、不貞腐れて蒼龍に背を向ける。
「フンッ、いっこでも触ったら許さないからね」
「だから言ったろ、興味ないから触んねえし。あ、でももうちょっと成長したら⋯⋯いぃっ!」
小蘭は綺麗な後ろ蹴りを蒼龍に命中させた後、上布団を全部奪って芋虫みたいに巻きつけた。
「おい、布団全部取るなよな。俺が風邪引くだろ!?」
「だってこれは私のだもん」
「寄越せ、譲り合いの精神は大切だろ」
「黙れ変態、自己防衛よっ」
取り合いの末に小蘭は、漸く彼に半分を渡してやる。
「絶っっ対、こっち向かないでね。向いたらまた剥いでやる」
「はいはい、解りましたよ~だ」
寝返ろうとした蒼龍を軽く蹴り上げ、背中を向けたのを確認した後に、小蘭は枕元の灯りを消した。
暗がりの中、1つの蒲団に背中合わせの小欄と蒼龍。
小蘭の意思に反し、心臓は早鐘をうちはじめている。
それを悟られるのがイヤで、モゾモゾと身体を端に寄せると、蒼龍は可笑しそうに言った。
「だからさ。そんなに離れたら落っこちるだろ。安心していいよ、本当になにもしないからさ」
「………」
黙ったまま、少しだけ身体を内に寄せると、少しだけ触れる背中が暖かい。長い間、二人とも黙ってそうしていた。
心地よい暖かさに、やがて小欄の心音もおさまり、訪れた微睡みの中で、蒼龍はポツリと呟いた。
「ここからはずっと遠い、海の真ん中にある島ではな。結婚したら、男から妻の部屋を訪れる慣わしがあるんだって」
「え?」
眠りに落ちかけていた小欄がぼんやり返すと、彼は呟くように続けた。
「いいと思わないか?金魚のアレみたいに引き連れてきた宦官どもの監視の中、冷たい閨で
俺は逢いたい時に、逢いたい女に会いに行きたい」
「ふうん、なら蒼龍は、今日は私に”逢いたい”なーんて思ってくれたわけだ。
でもいいの?そんな勝手なことして」
後宮の掟は厳しい。
表向きは、後宮のことは皇后様(皇帝の正妃)が全て仕切るルールだが、実権は宦官が握っているから、彼らの決めた慣例には、皇帝だろうが皇后だろうが従わなくてはならない。
トロリと眠たそうな声で尋ねた小欄に、蒼龍もまた眠たそうな声で答えた。
「だからさっきも、窓からこっそり入ったのさ。つまり秘密ってこと。前に言ったろ、行列つくるのは嫌いだし。ここはすっげえ居心地いい」
「そっかぁ…ふふ」
相変わらずの我儘。でも、ちょっとだけ嬉しい。
小蘭が幸せな気分で眠りに落ちかけた時、彼がモゾモゾと動く気配がした。
「それでさ。もう一つついでに。ここからずっと西、絹の道の向こうでは、寝る前にすることがあるんだって」
「なあに?」
「その、恋人や夫婦、兄妹、親しい者は、眠る前に軽くキスするのが…「おやすみ」の挨拶なんだそうだ。だからさ、ちょっとだけ。そっち向いてもいい?」
「ん…いいよ」
本当は半分くらい起きている。だが小欄は寝ぼけたふりをして、そっと内側に寝返った。
ああ、ズルいや。
うっすらと目を開くと、彼の眼差しは真っ直ぐにこちらを見つめている。
眠ったふりで目を閉じると、小蘭の唇に、湿り気を帯びた温い感覚が押し当てられた。
「おやすみ、小蘭」
優しい声とともに小蘭の頭に掌が翳された次の瞬間には、静かな寝息が聞こえていた___
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