第27話 初夜
「どうしたのよ蒼龍。こんなところに、一体何をしに来たの」
「何しにって...
ふうん、全体的に明るい色調がいいな。
北の国では、少しでも温かい気持ちになるように、暖色系の調度品が多いのかな。この椅子も、フカフカして、温かくて気持ちいい。寝台は、二人だとちょっと狭いよな」
「ちょっと、蒼龍ってば」
小蘭は戸惑っていた。
例の御前試合からひと月がたち、ようやく部屋が出来上がった頃だった。それまでのアプローチは一切なし。ましてや皇族の男が、後宮の妃の自室を訪ねるなど、聞いたことがない。
戸惑うあまり、ついキツい口調になる小蘭に、蒼龍は一向に答える気もなく、ただもの珍しそうに部屋を見渡すばかり。彼の後ろを着いて回りながら、同じ質問を繰り返していた小蘭は、ついに声を大きくした。
「蒼龍ってば、質問に答えてよ!」
ようやく彼が振り返った。
「さっきから聞いてるんでけすけど。ここに一体何しに来たのよ」
「何しにとはヒドイな。“ツマ”に逢いに来たに決まってるじゃないか。いわゆる
「ツツ、ツマァ!?」
「今さら何を言ってるんだよ。元々そういう約束だっただろ」
「そ、それはそうだけど…でも今まで、きゃっ」
いつの間にか傍に立っていた蒼龍は、小蘭の腰を抱き寄せると、あっという間に寝台のうえに乗せ上げた。
「逢いたかったよ、小蘭」
「ひゃ」
喉がひきつれたようなおかしな声で返事をするうちに、2人が初めて出会った時と同じに、ゆっくりと顔が近づいてくる。ただし今回は、灯りに照された部屋の中で、互いを認識したうえでのこと。
く、くる!
小蘭は思わずギュッと瞳を閉じた。
「…………。あれ?」
が。
いつまでもあの、柔らかい感触は落ちてこない。恐々薄目を開けると、何と蒼龍は、可笑しそうに笑っている。
「っ、
「もしかして、期待した?」
蒼龍は小蘭の手を引いて立たせると、扉に向かって声をあげた。
「おーい袁婆さん、外で待ってないで、もう入ってきてもいいですよ」
「………」
やや間をおき、扉が開いた。
そこには、盆にたくさんの料理と酒器を乗せ、何食わぬ顔で婆やが立っている。
扉の前で聞き耳を立てていたようだ。
小蘭は、怒りも露にドカッと寝台に腰掛ける。そんな小蘭とは目を合わせずに、婆やは食卓を整えて、蒼龍の杯に酒を注いだ。
そうして、
「では、婆はこれにて失礼を(小蘭様、ご首尾よく)」
小蘭にだけに解るよう母国語で囁き、早々と部屋を去っていった。普段彼女が侍女室に戻るのは、もう少し遅い時刻だが、変な気を効かせたらしい。
その後ろ姿に下品なジェスチャーで応酬するも、二人きりにされた小蘭はどうしていいか分からない。
蒼龍を振り返ると、よっぽどお腹が空いていたのか、中央の円卓で美味しそうに夜食にがっついてる。
その様子にまた苛立ち、意地を張った小蘭は、ずっと寝台に座りこんでいたのだが、さっきから漂っている、良い香りが気になってしかたがない。
思わず生唾を飲み込んだ時、彼がしみじみと呟いた。
「しかし、この時間によくこれだけの料理を調達できたな。優秀なんだな、君の婆やは」
「まあね」
小蘭は、鼻高々に返事した。身内を褒められるのは素直に嬉しい。確かに、厨房はもう閉じている時間だっていうのに、これはすごい。いつもの強引さで料理番の宦官を叩き起たのだろうか。小蘭が頬を緩ませたところで、タイミング良く蒼龍が声をかけてきた。
「なあ小蘭。これ、食べたことあるか?ダックの皮。贅沢な宮廷料理の逸品だぞ~、ほら~」
蒼龍は、長い鉄箸の先に黄金色の鶏皮を掴み、ヒラヒラ~ッと持ち上げる。
「わ、私は夜ご飯はもう済ませたし、お腹なんて空いてないし、別に」
口ではそう言いながらも、それに反して身体が吸い寄せられていく。対面に座ろうとすると、ぐっと円卓の向こうに引かれ、口の中に箸を突っ込まれた。
「んんッ!?」
「どうだ、美味しいだろ?」
「おいひ……」
「そうだろそうだろ、じゃあこっちは?」
「美味しい、です」
その日、宮廷の美味にあっさり懐柔された小蘭は、それからは嘘のように楽しい時間を過ごすことになった。
お酒で饒舌になったのか、蒼龍は小蘭に色々な話をした。中でも、まだ見たことのない賑やかな城下街の話が気に入った小蘭は、何度も彼に質問をしては、繰り返し同じ話を聞いた。
やがて夜も更け__
「ふぁっ」
欠伸をした小蘭に、蒼龍はとんでもないことを言い出した。
「もう遅いな。そろそろ寝るか」
「え?眠るかって、まさか…ここで?」
「当たり前だろ、そのためにここに来たんだぜ、俺」
「……!」
あっけらかんとしている彼を前に、小蘭はガチガチに固まってしまった。そんな小蘭をよそに、蒼龍はドサッと寝台にしずみ込む。
「はー、疲れた。皇帝の生誕を祝う祝賀会についての、下らない会議が一行に終わらなくてさ。うーん、やっぱり二人だと狭いな
「た、只今参り___」
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