第26話 日常
「陽気は極力皇帝の御体に溜め、循環させ極限まで練り上げて放つのがよい。
その為に妃は日頃よりその技を研き…」
陰とか陽とか、難しい言葉が続くよく分からない講義を、ぼんやりと聞き流しつつ、小蘭は昨夜のことに思いを巡らせていた。
さっき尚真の言ったことは事実で、確かに小蘭は、今朝まで蒼龍と一緒に一夜を過ごしていた。
あろうことか、彼女の
蒼龍は、伝統と慣習でガチガチに固められた夏国後宮において、かなり型破りな行動をとっていた。彼が以前に言ったとおり、彼にはまだ正妃がいないから、小蘭は彼の第一側妃になった。
正妃であれ側妃であれ、後宮に妃を持った皇帝、皇太子には、後宮内に専用の寝室が準備されるのが通例だ。
だが彼は、小蘭を娶った後も、後宮に自分の寝室を作らなかった。
小蘭の生活スペースである
『高貴な御方のすることではありません。どうかお止めください』
宦官達に散々泣きつかれても、皇后様に諫められても彼はそれを止めなかった。
ところで、三年前に小蘭は元の
小蘭には『北の離宮』と呼ばれている館の一室が与えられた。そこは、元居た西宮と長い渡り廊下繋がった、後宮で二番目に広い建物だ。
この建物が、蒼龍太子の後宮内の屋敷となり、将来的には、複数の妃を置くことが想定されている。
蒼龍はそろそろ二十五歳になる。通常ならばとっくに正妃を娶っている年齢だ。この件については、三年間、周りからも口を酸っぱくして言われているが、これにもまた、彼は一向に耳を貸さない。
この辺りのことも、小蘭への寵愛ぶりの根拠となっている。
そんな訳で小蘭と婆やは、誰もいないだだっ広い屋敷の一室に、もう三年も、二人きりで住んでいた。
そこに、夜になるとひょっこりと蒼龍が現れる。初めて彼が来たときも、何の先触れもなく現れて、最初にそれを見つけたのは、婆やだった。
三年前──
八角の部屋の壁際にある東西南の三つの窓。
月を見ようとした婆やが、西の窓を開け放ったところに、蒼龍が顔をのぞかせた。
「お、おお、皇太子おうじ!?」
あんぐり口を開けた婆やの横をすり抜け、彼は軽やかに中に侵入してきた。
「やあ、久しぶり。住まいの心地はどうだ。
ああ、かなり部屋らしくなったな。
金子は足りているか?」
「も、もも勿論でございます」
蒼龍が窓から現れるのは、小蘭にとっては二度目のことだが、初めての婆やはすっかり腰を抜かしてしまった。
蒼龍は、そんな婆やににっこり微笑み、手を差し伸べた。
「驚かせて済まない、大事は無いか」
「ははは、はい、あの、皇子は何故斯様な場所に__」
年甲斐もなく真っ赤になっている婆やに、彼は悠然と微笑んだ。
「
すまないが政務が長引いて、空腹なんだ。簡単なものでいいから、何か食わせてもらえるか」
「あ、はいっ!直ちに」
婆やは、転がるようにして厨房へ飛んでいった。
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