第15話 試合前夜
試合前日。
「ふぅん。それで小蘭は “花嫁修行” をサボってここに来たわけか」
「だって、つまらないんだもん」
昼食を済ませた後、小蘭は例の
ここはあの夜、夜明かした馬小屋の傍。
春明先生が、蒼龍が一人で鍛練していることを、小蘭にそっと教えてくれたのだ。
小蘭は近くの置石に座り、手持ちぶさたに足をぶらつかせている。
春明の詩歌以外のお稽古事は、どれも苦手だし退屈だ。
ブツブツ文句を言っている小蘭を横目に見、相槌を打った蒼龍は、
「ははは、違いないな…フウッ」
気合いと共に短い息を吐き、太刀を振るった。
ビュッと剣が空を切る。
思わず小蘭が飛び退くと、頭の上に、二つになった桂花(モクセイ)の枝が落ちてきた。
「わっ、びっくりした!
にしても、見事な切り口ね。蒼龍って、ホントに強かったんだ」
小蘭は、落ちていた木犀の枝を拾い、すっかり感心してしまった。
これまで小蘭は、蒼龍の強さについては、半分ホラだと思っていたが、さっきからの動きを見ていると、小蘭がこの世で一番腕が立つと信じていた、彼女の一番上の兄ちゃんの上をゆく。
キラキラと目を輝かせる小蘭に、蒼龍は得意そうに鼻を鳴らした。
「ふふん、だから言ってるだろ、今回の件は安牌だって。だから君は今後のために、安心して花嫁修行に励みなさい」
「花……」
「さあて、ちょっと休憩」
蒼龍は剣を鞘に納めると、小蘭の横に腰かけた。息を整え、無造作に上衣を脱ぎ始める。
「ちょっと。こんなところで脱がないでよ、私がいるんだから」
「何言ってんだよ、汗ぐっしょりなんだぞ俺」
蒼龍は、小蘭の照れには全く頓着せず、脱いだ上衣で汗を拭き始めた。
「もう、知らない!」
両手で目を覆った小蘭は、そう言いつつも、蒼龍の様子を指の間から盗み見た。
程好くしまった身体つきに、堅い筋の浮いた大きな腕。冷えた汗が白い蒸気になって身体から上る。あちこち出来ている生傷は、明日のために創ってくれたものなのか。
自分の倍半はありそうな、逞しくって強い腕。
もしもあの中に抱きしめられたら__
ドクン。
深呼吸をしてみてもいっこうに止まらない胸の高鳴りに、小蘭は狼狽えた。
ばかばか、何考えてるのよ私。皆が変な事を言うせいで、意識しちゃうじゃない!
「小蘭?」
ふとみると、着替えを終えた蒼龍が、不審そうに見守っている。
「あ、はははー、暑いなあー今日は」
「え、そうか?」
蒼龍は少し首をかしげた後、グッショリと汗を吸った布を小蘭に差し出した。
「使うか?」
「使うかっ」
小蘭は包の袖で汗を拭うふりをして、赤らんだ顔を隠した。
「まあ見てろよ、バカ親父め。明日は大勢呼んだ客の前で、絶対一泡ふかせてやる。
そうだ、毎年出場して、親父の
「バカ、何ニヤけてんのよ」
「何だ、妬いてんのか?」
「妬いてないっ」
むきになった小蘭に笑いかけると、彼はゆるりと腰を浮かせた。
「ま、いいけどな。さて、そろそろ休憩終わり。俺はもう少しやって帰るが、君は帰りな。あんまりサボってばかりいると、また婆やにケツをぶたれるぞ」
「む」
蒼龍は、小蘭を追い払うように手を振ると、また剣を構えるのだった。
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