第14話 噂

 その後、身を隠す必要が必要がなくなった小蘭は、早々に元のへやに戻された。体よく春明に追い出されたのだ。


 すっかり先生のお小姓生活を楽しんでいた小蘭は、とても悔しがったが、例の「孩子」変身グッズはちゃっかり貰い受けてきた。

 もしも蒼龍が負けたら、それを着て遠くまで逃げるつもりだ。


 再会したら、うちの婆やは感激のあまり天に召されてしまうんじゃないかしら、と心配していた小蘭だったが...


「小蘭様、快挙ですよ!まさか皇帝ではなく、皇太子様をオとすだなんて。これで我が国の安泰も30年先まで保障されたようなもの。婆やは嬉しゅうございます、ううっ」


 ちゃっかりしたもので、早耳の彼女は小蘭を見るなり別の意味で涙した。


 一応処刑の話もしたが、

「まあイザとなったらこの婆やにお任せを。追手など、ざくざく切り伏せてやりますから」

 豪快に笑ってドンと豊かな胸を叩いた。彼女のポジティブさは、小蘭の比ではなかったようだ。


 驚いたことに、小蘭が後宮に戻った時には、既に蒼龍とのことは、皆の知るところとなっていて、宮中噂で持ちきりだった。


 その影響は、小蘭が他の妃達と一緒に「学校」の授業を受けている今も顕著で。


「で?」

「だから、何度も言ってるじゃない。何も無かったって」

「トボケんじゃないわよ、小蘭」


 授業を全く真面目に受ける気のない小蘭は、五重に巻かれた円の端っこで、友達二人とお喋りに興じていた。


「一晩二人っきりで過ごして、何も無いわけないじゃない。しかも閨から拐われたのよ?さぞや熱〜い夜を過ごしたんでしょう」


「いや、むしろ寒かったって。だって、下衣一枚で、厩にいたんだから」

「下衣一枚!もう、しっかり脱がされてるじゃない。ねえねえ、どんな風に愛を囁かれたの?キスは上手だった?抱きしめられた感触は__」


「それよりさ、エッチの時はどうだったのよ。はじめは痛いって聞くけど、太子様は、ちゃんと優しくしてくれた?」

 ゲホゲホゲホッ。

 あからさまな友人の問いに、小蘭は噎せ返った。

 

「あーあ、いいなあ。私達なんか、男のヒトに出会うこともないっていうのに。まさかの小蘭に先越されちゃうとは」


「だからっ、そういうのはないんだって!二人とも、ちょっとは私の身にもなってよ。

 ここ数日間兵士に追いかけられて、馬屋で眠って。今度は処刑されちゃうかもしれないんだよ?」

「.........」

 暫く顔を見合せていた二人は、再び小蘭を見て笑った。


「まあ、そんな難しい話、どうだっていいじゃない。それより、皇太子ってどんな方?噂じゃ京劇役者みたいな美男子だって聞いたけど」


「は~羨まし。美々しい皇太子との禁断の恋か。愛する君を護るため、命懸けで戦うなんて」


 小蘭は、キャッキャと燥ぐふたりに呆れて言った。


「あのね、本当に大変なことなんだよ?私、彼がもし試合に負ければ、四肢切断のスプラッターに……って聞いてる?!」


 だがしかし、二人の話題はもう別のところに移っている。


「でも、件の皇子様には私達もすぐにお目にかかれるわよ」

「あら、そうなの?」


「うん、だってそうでしょ。小蘭が正式に皇子様の夫人になれば、皇子様だって後宮にお渡りなるじゃない」

「確かに。そうしたらもう、小蘭この子も今みたいにすっとぼけてはいられないわよね~」

「「ね~」」


 互いに顔を見合せて、同時に振り返った二人に、小蘭は頭を抱えた。


 ダメだこの子達、人の話を全然聞いてない。

 

 しかも恐ろしいことに、別にこの子達の反応は、後宮ここでは異常なわけではない。小蘭と蒼龍の禁断の恋の話は、退屈に飽き、刺激に飢えた後宮の住人達の格好の餌食。


 玉の輿か、それとも悲劇のヒロインか。

 今や小蘭は、物語の中の登場人物でしかないのだ。


 無邪気にはしゃぐ二人を横目に、小蘭は小さく溜め息をついた。


 二人は面白がっているけど。もしかしたらその日、私の処刑日になるかもしれないんだよ?


 解ってる。

 二人にとってはお芝居や物語を見るのと同じで、ハッピーエンド以外の結末なんて考えないってこと。

 だって彼女らは、夢の世界の住人だから。


 そう、ここに住む人達は、みんな悪い人じゃない。話せば優しく、皆とは言わずとも一様に親切だ。

 ただし、綺麗な見てくればかりに目を奪われて、垣間に見える悲しい現実や醜いものを決して目に入れようとしない。


 安穏と平和の桃源郷の夢の世界の住人達___


 ここの空気は、どこか人を狂わせる。

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