第12話 条件

「何それ、条件って」

言葉の響きに悪い予感を覚え、殴りかかる手を止めた小蘭に、彼はけろっと言ってのけた。


「うん、まあ、大したことじゃないんだけどな。

十日後に開かれる御前試合にすること。

褒賞品は__


君の命」


「ほう」

春明は、溜息のような声を上げる。すかさず小蘭が聞き返した。


「な、何よその御前試合って」


「うん、春と秋、年に2回。国中の腕に覚えのある男が集まって、皇帝の前で己の強さを見せつけあう、由緒ある大会だ。

うまくアピール出来たら身分に関わらず兵士に取り立てて貰えるから、皆かなり本気ガチでくる。親父、そういうの大好きなんだよな」


「え?じゃあ、それに蒼龍が優勝しないとダメってこと?」

「うん」

ひどくあっさりと言い、笑う蒼龍に、小蘭は目を剥いた。


「はあああああ!?

何よそれ。私、全っ然助かってないじゃない!!」


悪い予感が的中した。小蘭が息を巻く。


「大体、

あんたが御前試合そんなのに出て、簡単に優勝なんて出来るわけないでしょ」


「そうかな」


「そうよ!女の子のお尻ばっかり追いかけてるようなエロ皇子がそんな、武技だなんて…ねえ先生、春明…先生?」


興奮している小蘭の前で、蒼龍と春明がキョトンとして目を見合せた。


「…まあ、大丈夫じゃないでしょうか。強いですよ?蒼太子」

「でしょ?ほら見なさい、あんたがそんな屈強な男達に勝てるわけが..え?」


聞き間違いかしら。

言葉を止めた小蘭に、春明はもう一度丁寧に説明した。


「蒼太子は、小さい頃から正式な王宮武術を一通り受けてますし、国最強と言われる王宮師範からの皆伝も受けてますよ。実戦の経験もありますし。

ちょっと腕に覚えのある程度の素人なら、まず敗けることはないでしょう」


「嘘、こいつが...この間男が?」


小蘭の失礼発言を綺麗に流し、蒼龍は得意げに胸を張った。


「そ。まあそんなわけだから。小蘭は大船にでも乗ったつもりで、のんびりと肌でも磨いておきなさい」


「泥舟、じゃないよね」

「何だと?」


「し、しかも!肌を磨いておけとか。そういことを平気で言うから私は...」

「えー、だって、大事だろ?俺たちの新婚初夜は。それよりその月餅、食わないなら俺に寄越せよ」


「し、新婚…まさかアンタ、本気で...するつもりじゃあ…

あーだめっ。その月餅は最後の楽しみっ」


「まあまあ二人とも、じゃれつくのはその辺にしておきなさい」


再び掴み合いを始めようとする二人の間に割って入りながら、春明は顎に手を当て、また何かを考え始めた。


「しかし、本当にそれだけですむのか...

いくら身内とはいえ、あの残忍な覇帝様だ。

黎貴妃のことが絡むとなると…そう簡単にはいかないのでは...」


「かえせー!」

「はい残念、もう腹の中~」


呑気に騒いでる二人を心配そうに見つめる春明。

だが、やがてその不安は的中することになる。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


その夜。

ところ変わって、覇皇帝の閨の中──


髪も髭も黒々と若く、七十の歳とは思えないほどに恵まれた筋肉質の引き締まった体躯。

その覇帝に、限界まで身体を攻め尽くされ、黎貴妃はぐったりと身を伏せていた。


と、


「そう言えばこの間、蒼龍のヤツが珍しく儂に願い事をしてきよった」


ふと隣の覇帝が、さも可笑しそうに話しかけてくる。

一瞬、ピクリと耳を動かした黎妃だが、すぐに目を伏せ、素っ気なく答えた。


「そうですか」  


「なんとまあ薄情な。貴妃よ、お前にも関係があることなのだぞ」  

「私に?」


笑っているのか、皇帝は幾分目を細めると、くっと口元を歪ませた。


「そうよ。

お前とたがえて抱いた姫を、気に入ったから寄越せだと。

さて、黎妃よどうする?

悔しかろうが、相手は十六の小娘らしいぞ。

違えられるなど、美しいお前にとってはこれ以上ない屈辱だろう。

蒼龍の前で、女を八つ裂きにでもしてやろうか?」


この御方は…またそのような。

試すようにたずねる皇帝に、黎妃は美しい眉をしかめた。

 

「差し上げれば、よろしいではありませんか」

「ほう、よいのか?お前を想って、閨にまで忍んできたものを」

「私が愛しているのは__陛下だけでございます」  

 

そう言って、黎妃が肌けた胸にぴたりと身体を添わせると、彼は再び、満足そうに髭を揺らした。

 

「クックッ、我が子ながら同情する。蒼龍も哀れなものよの」

「………」

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2024年9月20日 07:00 毎日 07:00

後宮恋歌 佳乃こはる @watazakiaya

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