第10話 蒼龍の策
それから、四日が経った。
「
「あ~い」
小蘭は軽やかに縁側から飛び、続く庭へと降り立った。
「こら、履き物をきちんと履きなさい」
「はーい、ごめんなさーい」
小蘭は縁側の下に隠してある履き物をひっかけ、
蒼龍が出ていった次の日。
『小蘭が長い間じっとしてるとは思えませんから』
と春明は小蘭を男の子の姿に変装させた。
金色の髪を染料で染め、堅い麻の上衣にズボンを着せて、自分が預かっている見習い童子というふうに仕立てたのだ。
呼び名は
万が一にも間違えないよう、ただ単に “こども” と呼ぶ。
『よくお似合いですよ、クッ』
出来上がりの小蘭を見た時、春明はひどく可笑しそうに笑った。
その格好があまりにも板についていたからだ。子どもっぽいと言われているようで、小蘭はムッとしたが、正直自分でも似合っていると思った。
先生の見立てはさすがで、髪の色を変えてしまうと、誰も小蘭だと気がつかない。
しばらくは男子禁制の
滅多に見かけない男の兵士の姿に浮き足だっている妃たちも然り。ピンク色のオーラに包まれた彼女らは、いつも授業で顔を合わせている小蘭が春明の後ろにくっ付いていても、全く気がつかないようだった。
ただ、小蘭の心に引っ掛かるのは、婆やのことだ。今回の事できっと肩身の狭い思いをしているだろう。自分の代わりに、責め苦を受けているかも知れない。
一見、小太りの人の良いお婆さんにしか見えない彼女だが、何を隠そう国では第一級の女戦士だった。
たった一晩で、羊を襲う狼の群れ十六頭を倒したこともある、彼女の強さは半端でない。
だが、
あれこれと考えるうちに小蘭は、広い石庭を抜け、目印の朱い屋根の
幸いにも、目的の生薬はすぐに見つかったので、小蘭は、探検とばかりに道草を食うことにした。
途中、庭園の秋の風情を眺めていると、あるものが目についた。
「あれは」
間違いない。
大きな庭池の向こうの一角に黄色く色づいた小さな林は、春明先生が言っていた李園。かつての蒼龍と藜妃様が愛を育んだという場所だ。
小蘭は、吸い寄せられるように中へと入っていった。
剪定され、見事に整えられた美しい林内は不思議な霊気に満ちている。
黄色く色づいた葉が陽光に透け、金色の輝きを注ぐ。きっと春には桃の花が咲き乱れ、辺り一面、臼桃色が拡がっているのだろう。
こんな場所で蒼龍は、黎妃様と愛を交わしていたんだな。
出会ったの夜の感触や息遣いが、ふと脳内に再現された。
『愛しています、可愛らしい貴女を』
『俺の』
俺の……藜妃。
俺の、俺の……小蘭。
小蘭を……愛してる
ちょ、待って!
私ったら何を考えているの。
突然に沸いた妄想を振り払うように頭を振ると、小蘭は、無理矢理頭を切り替えた。
そういえば蒼龍、あれからずっと姿を見せていない。先生は『少しの間しかもたない』って言っていたのに。
まさかあいつ、『何とかする』とか言っときながら、自分だけ許してもらって、すっかり元の生活に戻っているんじゃ……?
牛裂きの刑、バラバラ死体。
脳裏に浮かんだグロテスクな自分の未来像に、小蘭は身を震わせた。
「あ~、もうバカバカッ、エロでバカの……
薄情皇子っ」
小蘭は、目の前に沸いたニヤけ顔の蒼龍の幻に、思いきり蹴りを食らわせた。
とばっちりで被害に遭った桃の木が、樹幹を揺らして葉をふるい落す。
と。
「小僧、そこで何をしているっ」
「うわっ」
突如、背後から聞こえた低い声の怒声とともに、小蘭の身体が宙に浮いた。
確かめることはできないが、筋肉質の片腕のみで私の首根っこを掴んで釣り上げているのはかなりの大男だ。
「ここは皇帝陛下の李園だ。無断侵入には、
じ、十打擲!?
打擲刑とは、鞍馬のような刑台に、四つ這いに身体を縛り付けられ、棘のついた金の棒で臀部を打たれる刑のこと。屈強な刑吏がそれをやるから、婆やにお尻を十回打たれるのとは、わけが違う。
あんなもの、十も受けたら死んでしまう。
小蘭は、必死になって叫んだ。
「ゆ、許しておくれ、道に迷っちゃったんだよお。オイラ、春明先生のお使いで、薬を届けようとしてたんだよっ」
「なんだと貴様、この期に及んで嘘をつくな!しかも、春明殿の名を騙るとは……
なあんてね」
男は急に語調を変えると、持ち上げた襟首を起点にして、小蘭をくるりと自分に向けた。
「誰がエロでアホで薄情だって?」
「蒼龍!」
「よ、久しぶり。変わりなく……はないか」
蒼龍は、小蘭の変わり果てた姿を見つめ、可笑しそうに笑った。
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