【第十三話】 追憶の帰還
【登場人物一覧】
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配信名:勇者セイレイ
本作主人公。純真無垢な性格であり、他人の為に全力を尽くす。
センセーの方針によりデッサン技術を磨いており、その経験から優れた観察眼を持つ。
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配信名:ホズミ
本作ヒロイン。大人しめで引っ込み思案気味な性格。
機械操作が得意。主に配信ではドローン操作・情報支援を行う。
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配信名:noise
役職:盗賊
セイレイの配信に突如現れた、戦闘技術に長けた女性。
勉強熱心であり、日々魔物やダンジョンに関した研究を独自で行っていた。洗練された回避技術を持ち、戦闘ではその能力を惜しみなく発揮する。
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通称:センセー
元高校教師。
瀬川と前園の育ての親。また、一ノ瀬の元担任でもある。
彼等の将来を案じており、どうすれば彼等が真っ当に生き抜くことが出来るのか日々苦悩している。
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配信名:ストー
役職:武闘家
海の家集落のリーダー。しかし、方針を決める者は別に存在し、彼自身は余所から来た者の対応などの役割を担っている。
格闘家の家系に育ち、幼い頃は格闘技術を叩き込まれたそうだ。
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追憶のホログラムを中心として、世界が書き換えられる。大樹の根のように光が大地を
世界を魔の手に奪われた十年間。
その失われた世界が、ホログラムにより取り戻されていく。
『――本日は、ご来店。誠に有り難うございます。当店の本日おすすめ商品は――』
『――すみません、冷蔵庫を新しく買い換えたいんですが――』
『――何かお困りではないでしょうか?――』
やがて、勇者一行の耳に入る人々の会話。その声に釣られるようにして彼等はゆっくりと顔を上げる。
周囲を見渡せば、そこにあったのは瓦礫に埋もれたダンジョンなどでは無い。
活気に溢れ、幸せそうな人々が買い物をしている、かつての姿をした家電量販店の中に彼等は立っていた。
「……これは……?」
セイレイは困惑した様子で、周辺を見渡す。
「なあ、これは夢か……?俺は、俺は……」
ストーは今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、歯を食いしばる。
展示品に触れるようにして手を伸ばしながら、noiseは呟いた。
「これが、私が”追憶のホログラム”と呼ぶ
しかし、彼女の説明は殆ど耳に入っていないようで、十年来見ることの出来なかった光景を見た視聴者のコメントが加速する。
[泣きそう]
[彼女と同棲する時店員さんに相談したな。部屋のサイズに合うかどうか、って散々揉めたっけ……]
[お母さん、ごめんなさい。あの時買ってあげられなくて]
[もう、二度と見ることが出来ないものだと思っていました……]
[息子がよくあの機械が欲しい、このカメラが欲しい、って動画を見る度によく言ってた。あの時買ってあげたら良かったな]
[じいちゃんさ、俺に合わせてスマホ無理して買ってくれたのよ。今になって思えば、合わせてくれようってしてくれるのがどれだけ有り難かったのか分かる]
[ありがとう。本当にありがとう]
コメント欄は、かつての思い出を語る人。感謝を述べる人。その多種多様な思いで埋め尽くされる。
魔災という理不尽な現象に、瞬く間に人々は、かつての安寧を奪われた。失って初めて、存在した日々がどれほど幸せだったのかを自覚する。
幸せというものは、比較することでしか実感することは出来なかった。
その最中、ディルはくすくすと楽しげな笑みをセイレイに向ける。
「セイレイ君。描きたいんでしょ?」
「っ……あ?」
どこか図星を突かれたようにセイレイはたじろぐ。ひた隠しにしようとして、誤魔化すセイレイの様子がおかしいようでディルは小さく吹き出した。
「良いよ、
散々気に食わない言動を繰り返すディルだったが、このときの彼の発言は間違っていないように思えた。
否定材料の見当たらなかったセイレイは「姉ちゃん」とnoiseに声を掛ける。
彼が希望するものを悟ったnoiseは、”ふくろ”の中からスケッチブックと鉛筆を取り出した。
『……セイレイ君』
「うん、俺はこの光景をしっかりとスケッチブックに残したい」
ホズミも、彼がしたいことは分かっていた。床に座ったセイレイは、思いのままにスケッチブックに鉛筆を走らせていく。
楽しそうに、幸せそうに微笑むカップル。
販売促進のため、実際に稼働させる家電機器。
丁寧に並べられ、客の目を引くように配置された商品。
円滑に業務が遂行できるよう、レジの応援に向かう店員達。
その人々の思いが残された一つ一つを、セイレイは――瀬川 怜輝はスケッチブックに描いていく。
生きていた痕跡を残すために。彼自身が求めていた世界はここにあるんだ、と証明するために。描きたい世界を表現するために。
配信するドローンが彼を捉える中、ただひたすらに瀬川は鉛筆を走らせ続けた――。
沢山描いたスケッチをセイレイは改めて見返した。満足そうに微笑み、スケッチブックを閉じて仲間達を見渡す。
そして、思い出したようにどこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、小さく頭を下げた。
「いや、悪い……待たせた」
「……描きたいものは描けたか?」
静かに腕を組んで見守っていたnoiseはそう確認する。すると、セイレイは真っ直ぐな表情で陽光に照らされたように強く頷いた。
「うん、ありがとう。まさか魔災前の世界を見れるなんて思わなかったよ」
大切そうに、スケッチブックを抱えるセイレイ。その様子を見たnoiseは、次にドローン――というよりは、ドローンを操作するホズミへと声を掛ける。
「それじゃあ、ホズミ。そろそろ追憶のホログラムを融合させるが、大丈夫か?それでダンジョンは完全攻略となる」
『あ、はい。大丈夫です』
[融合?]
[どういうことだ?何を言ってるんだ]
[ついていけない……]
置いてけぼりの視聴者を気にも留めず、noiseは追憶のホログラムを持ち上げ、それをドローンへと近づける。
以前同様に、ドローンに追憶のホログラムを近づけるにつれて、その結晶自体が放つ光が強まる。
やがて、それはドローンに触れた瞬間に徐々に吸収され、光は徐々に収まっていく。
[information
サポートスキル ”熱源探知”を獲得しました]
コメント欄にシステムメッセージが流れ、追憶のホログラムが完全に吸収されたことを告げる。
それと同時に、家電量販店は元の瓦礫が覆い尽くすダンジョンへと姿を戻した。
その光景を余所に、ホズミはそのままパソコンを操作するようにキーボードを操作する音が響く。
『えっと、こうでしょうか?サポートスキル ”熱源探知”』
彼女がそう
配信画面内に映り込んでいる勇者一行の姿に、緑色のターゲットマークが重なる。それを確認したホズミは、『解除』と再び
『恐らく、配信画面内に表示された敵を捉える事に役立つのでしょう。また、次のダンジョンに潜入したときにでも試しましょう』
[適応早っ]
[置いてけぼり感ある]
[俺はそう言うもの、と思うことにしたよ。突っ込んでるとキリが無い]
[確かに]
[もし、ホズミの言うとおりならかなり戦況把握がスムーズになるはずだよな]
非現実的な状況が連続するダンジョン配信。その中でも、得た情報から視聴者はお互いに相談することで自己完結していく。
まだ、完全に世界は魔物の手に墜ちたわけではない。ホズミは心のどこかで、そう希望を抱いていた。
勇者セイレイの配信は、ここから始まった。
――そして、全ての歯車は大きく狂い出す。
「じゃ、もう用事は完結したね。ダンジョンから出よっと」
何故かディルが取り仕切り、そう告げる。ただ否定する材料も無いため、勇者一行はそれに従うことにした。
★☆☆☆
『これで、勇者セイレイのダンジョン配信を終了致します。こちらとしても、確認しておきたい情報が多すぎますので……』
[おつかれ]
[本当に良いものを見させて貰ったよ]
[ただ、これは俺らには無理だよな]
[まあ、俺らには俺らなりのやり方があるだろ]
[↑良いこと言うじゃん]
こういうのは勇者様に任せようぜ。動画サイトの盛り上げ方はこれだけじゃないしさ]
[だな]
--当配信は終了しました。アーカイブから動画再生が可能です。--
暗転した画面の中、白文字でそう表示されたのを確認した前園 穂澄はSympassを閉じて、軽く背伸びした。
「……っ、終わった……」
「お疲れ様、穂澄。長い戦いだったな」
隣に立って静かにその状況を見守っていた千戸 誠司は、前園を労うように微笑む。前園は彼に対してどこか
「……本当に、長い戦いでした。誰が死んでもおかしく無い……現に須藤さんは生死の境目を迷いました」
ホブゴブリンの一撃で、心肺停止となるほどまでに切羽詰まる状況となった須藤 來夢。
彼に対し心臓マッサージを実施。それに加えて、noiseは魔素吸入薬を砕き、中の粉末魔素を須藤へと経口摂取するように指示した。瀬川はそれに従い、実行。そのことを前園は思い返していた。
それと並行するように脳裏に思い出されるのは、noiseが作成した研究ノートに記されていた[魔素の過剰吸入に伴う副作用 ”魔物化”]という文面。
「……一ノ瀬さんは、魔物化のリスクを
「ああ、それほどまでに厳しい戦いだった」
「私は、そんな危険な戦いの中でも、安全地帯の中で彼等に指示を送ることしか出来ません。私は、無力です……」
皆が死を恐れずに戦っているのに、自分は安全地帯の中で居ること。その事にどこか前園は罪悪感を抱いていた。
だが、そんな彼女の頭に向けて鋭いチョップを食らわす。
「あいたっ!?センセー、一体何をするんですか!?」
前園は涙目になり、ギロリと恨めしそうに千戸を
「逆だろ。安全地帯にいることがお前の役割だ」
「……どういうこと、ですか?」
「常に敵からの攻撃に晒され続けて、そんな中でも指示が出せると思うか?」
「……いえ、まず自身も戦いの場をくぐり抜けるため、状況判断すら厳しいでしょう」
どこか悔しそうに前園はそう返す。すると、千戸は大きく頷き、言葉を続ける。
「そうだ。俺達の中でドローン操作ができるのは前園。お前だけなんだ。お前の価値は安全地帯でこそ重要な役割を持つんだ」
「……そう、ですね。わかりました……」
彼女は渋々と言った様子だが納得したのを確認した千戸。彼はガラスドアの方へと視線を投げる。
「さて。そろそろ皆が戻ってくる頃だな、笑顔で迎えてやれ」
「……はい!」
まるで、その会話に合わせるようにガラスドアは開かれ、勇者一行はボロボロの服装でダンジョンから出てきた。
前園はパソコンを置き、姿を現した瀬川へと思いっきり飛び掛かるように抱きついた。
「セイレイ君っっ!!!!」
「わっ!?またこのパターンか!」
前回の反省があるからか、バランスを崩さずにしっかりと彼女を受け止めた。前園はどこか安心した様子で瀬川へと頬ずりをする。
「セイレイ君、生きてる……良かった……」
「はは、皆が居なけりゃどうなることかと……」
「でも、今回のMVPは明らかにセイレイだよ」
ダンジョンから出てきた
「一ノ瀬さん、あの……大丈夫なんですか?」
「……うん。私も正直、死んだかと思ったよ。
「……そう言えば、ディルさんは?」
窮地に陥った勇者一行を助けた謎の男、ディル。何故か、彼の姿は何処にも無かった。
「いつの間にか消えていたさ」
「須藤さん!!大丈夫なんですか!?」
須藤はガラスドアにもたれるようにして、ゆっくりと姿を現した。慌てて彼の元へと駆け寄るが、「大丈夫大丈夫」と前園を遠ざける。
「あいつ、結局説明も無しに消えやがった……」
セイレイは籠った恨みを隠しきれず、ボソリと低い声で呟く。そんな彼を他所にストーは話を続けた。
「正直焦ったけどな。名前を呼んでいるのは聞こえるのに、身体は全く動かない。徐々に冷たいって感覚しか残らなくなっていくし、ああ俺死ぬのかなって思ったけどさ」
そう言って須藤はじっと自分の両手を見つめる。
「けど、今俺は生きてる。懸命に心臓マッサージをしてくれたセイレイ。そして、薬を与えてくれたnoiseのおかげさ」
そう言ってちらりとセイレイの方を見た。彼はストーの話に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「……ストー兄ちゃん、俺……」
どこか罪悪感を感じているのだろう。半ば無理やりダンジョンに連れていったこと。セイレイを庇う形で自ら死に近づいたことを、セイレイは強く後悔していた。
しかし、ストーは首を横に大きく振る。そして、瀬川の頭に手を優しく乗せた。
「別にセイレイの責任じゃない。……俺こそ、取り乱して悪かったな、俺は勇気を優先できないみたいだ」
「でも、兄ちゃんは俺を守ってくれた。怖かったはずなのに、何で?」
その質問に、須藤の表情が陰りを帯びる。憂いが混じった笑みを浮かべながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「俺さ、弟が居たんだ。ちょうど、今頃ならセイレイと同じくらいの弟が」
「……」
「だからさ、正直兄ちゃんって慕ってくれるのはすごく嬉しかった……俺がセイレイを助けたのは、きっとそう言う理由だろうな」
須藤は多くは語らなかった。だが、彼の話の断片から、セイレイは彼が抱えた事情を理解する。
セイレイは気付けば、強く須藤に抱きついていた。
「大丈夫だよ、兄ちゃん。俺は兄ちゃんを尊敬してるから」
「……セイレイ」
心のどこかが温かくなる。かつて、失ったと思っていた須藤の追憶の時間がフラッシュバックする。
『お兄ちゃん、こっちこっち!』
『へへ、お兄ちゃんが居るなら怖くないや』
『ずっと一緒に居ようね、お兄ちゃん』
「……っ、う、う……セイレイ……ごめんな、俺は、俺は……」
須藤は、瀬川の事を強く抱きしめ返しながら、溢れ零れる涙を抑えることが出来なかった。
★☆☆☆
「……うん、いい感じ、いい感じ。着々とセイレイ君の物語を紡ぐことが出来ているねっ♪」
彼等を遠巻きに見ていたディル。その姿を誰にも視認されることは無く、彼は家電量販店の駐車場から姿を消した。
To Be Continued……
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